自民党改憲草案(2012年)再読
2016年、参院選のさなか、私は恐怖を感じた。私は新聞社に勤務していた。選挙は新聞社にとっては「一大イベント」である。編集局内も活気に満ちる。しかし、2016年参院選は違った。開票一週間前の「世論調査」の紙面づくりの日。世論調査の数字、分析に、だれも関心を示さない。まるで自民党が圧勝するのがわかっていて、機械的に紙面をつくっている。変更なんてありえない。そのシナリオは編集局全員に共有されている。シナリオを読んでいないのは私だけ、という感じがした。選挙後、憲法が改正される。安倍の思うがままに改正される。そのことについて、だれもなんにも思っていない。そういう「空気」が満ちていた。
私は、自民党の2012年の改憲草案が危険なものであると、なんとしても声に出したかった。開票日まで一週間。何ができるか。思いついたことを、ブログに書き続けよう。読む人は少ない。けれど、一人にでも危険を知ってもらいたい。そう思って、大急ぎで思っていることを書いた。大急ぎだったから、書き間違えたところや、書き飛ばしたことがたくさんある。その反省を込めて、もう一度、「自民党改憲草案再読」という形で思っていることを書いておきたい。
いま、なぜ、書くか。理由はひとつ。東京五輪がおわれば衆院選があり、自民党は「改憲」へ向けて突っ走ると思うからだ。東京五輪でコロナ感染が拡大すれば、菅は「緊急事態条項がなかったから、有効な政策を実施できなかった。緊急事態事項の新設は不可欠である」と訴えるだろう。コロナ感染が拡大せず、無事に大会が終了すれば、菅は「政策は正しかった。その正しい政権のもとで憲法改正を推し進め、よりいっそうすばらしい国にしていこう」と言うだろう。コロナ感染がどう展開しようと、菅は「憲法改正の根拠」に利用する。それが目に見えているからである。
菅は、コロナ感染のことはまったく気にかけていない。オリンピックは「地元の利(なんといっても、慣れた環境で十分練習ができる)」で日本勢が金メダルをたくさんとるだろう。これを利用しないで何を利用するだろう。国民の健康も、日本の将来も関係ない。菅政権を維持し、強力にするためにも「憲法改正」は必須なのだ。「憲法を改正したときの首相」という名が残れば、菅は安倍を超えた政治家になれるのだ。
それだけを狙っている。
前置きが長くなったが、私は、そう思っている。私は私の予想が外れるのなら、それほどうれしいことはないと思っているので、思っていることを書く。平成の天皇強制生前退位について書いたとき、「予測が外れたら恥を掻くぞ」とある詩人に言われたが、私は専門家ではないから、予測が外れたって恥ずかしくもなんともない。オリンピック後の憲法改正の動きの予測が外れても、恥ずかしくもなんともない。外れてくれることを願いながら、それでも自民党憲法改正案について私が感じている疑問を書いておきたい。私の書いていることが間違っているという批判も、私は、平気である。私は憲法学者ではないし、法律も勉強したことはない。自分の思っている疑問を書くだけである。疑問に思っているのに、何も書かないことの方が恥ずかしいと、私は感じている。
きょうは、「前文」。
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
私が気になる点はいくつもある。
①日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家
「日本国(国家)」の定義である。「国民統合の象徴である天皇を戴く国家」というのは、「長い歴史(文化)」なのか。私の知る限り「天皇=象徴」は現行憲法で登場した考え方であって、それまでの日本の歴史とは関係がない。文化とも関係がないだろう。
②国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
この文章は「受け身」である。だれが「統治する」のかあいまいである。「天皇」は象徴だから「統治する」という権能を持たないだろうと推測できる。「立法、行政及び司法の三権」が「統治する」のか。「三権分立」は「権力の分散」(相互抑制)だろう。とても「統治する」の主語にはなれない。「統治される」という表現で「統治する」主語を隠している。これでは「統治者」の責任を問うことが、できない。
これは、とても大きな問題である。
私は、どういう文章でも「主語」「動詞」に注目する。とくに「動詞」に注目する。動詞が「主語」を隠すのは、主語に「特権」を与えるためだろう。どういう「特権」かわからないが、ここには「危険な罠」があるはずだ。
③我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、
ここには「先の大戦」がどうして起きたのか、原因が明記されていない。外国が侵入してきたときも戦争は起きる。しかし、「先の大戦」は、そうやって起きたわけではない。現行憲法では「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」と戦争責任が政府にあると断罪している。日本が侵略戦争を起こし、失敗し、敗戦したという「歴史」が自民党の改憲草案では隠されている。
この隠蔽は、
④日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、
と言いなおされている。「国と郷土を守る」とは美しいことばだが、先の大戦はそうではなかった。中国やアジアの諸国は彼らの国と郷土を守るために戦ったが、日本はそうではなかった。侵略戦争をした日本が、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」という目標をかかげるのは、先の大戦(敗戦)の事実の歪曲である。反省が少しも感じられない。
この前文の「天皇」「統治」「戦争」に関する部分からは、日本は先の大戦の「犠牲者」という認識しか感じられない。ふたたび「犠牲者」にならないために「主語不明」なものの「統治」によって「国家」を形成するという具合にしか読めない。その「主語不明者」は「天皇」を「国民統合の象徴」として前面に出すことで、さらに「責任回避」をしようとしているとも読むことができる。もしふたたび戦争が起きたとしても、きっと「政府」は責任をとらない。「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守る」のは「日本国民」の「自己責任」であると言っているだけである。
これは逆に言えば、戦争を起こして金儲けをすれば「政府」は満足。国民が「自己責任」で敵と戦ってくれ、と言っているだけなのだ。
こんなことを書くのも、
⑤活力ある経済活動を通じて国を成長させる
とあるからだ。「経済活動」と「国の成長」と何の関係があるだろうか。いまの日本の現実を見ると、さらに疑問に思う。「経済活動」によって「為政者」や一部の「資本家」が豊かになっているだけであって、多くの国民は貧困に苦しんでいる。国民が低賃金で働けば、資本家はもうかる。資本家がもうかれば政治家に「献金」が転がり込む。成長するのは「国」ではなく、政治家の資産と資本家の資産である。
「前文」の書き出しで「歴史と文化」を掲げながら、国家の目標が「経済成長」に限定されている。こんなばかばかしい「前文」はないだろう。
いろいろ書いたが、私がいちばん気にしているのは②に書いた「統治される」ということばの問題である。
自民党改憲草案の「前文」は五段落からなっている。主語と述語だけを取り出してみると、「日本国は、統治される」「我が国は、貢献する」「日本国民は、形成する」「我々は、成長させる」「日本国民は、制定する」。
受け身の文章は「統治される」だけである。ほかは「主語」がはっきりしている。「統治される」では統治される「対象」が明記されているだけである。「日本国は(日本国民は)、統治される」。
だれに?
考えられる答えはひとつである。この「草案」をつくった「自民党」に統治されるのである。この「統治する」は「支配する」だろう。「統治する/支配する」という「意図」を隠すために、「統治される」と書いているのである。
これは、現行憲法の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と比較すると、さらによくわかる。現行憲法は「政府に戦争をさせない、主権は国民になる、政府の言いなりにならないために憲法を制定した(政府を拘束するために、国民が憲法を制定した)」と言っている。この文章を自民党憲法草案が削除したのは、国民が政府を拘束するのは許せない、という気持ちがあるからだ。国民は自民党の言うことを聞け、というのが自民党の憲法改正草案の狙いなのだ。
そう読むと、各条項の「文言」の変更が明確に見えてくる。自民党が子組みを「統治する/支配する」ために文言を変更しているのである。
*(現行憲法の前文は、次の通り)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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