詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池田清子「ルーティーン」、徳永孝「居酒屋(2)」、青柳俊哉「干し藁の中へ」

2021-06-05 22:19:53 | 現代詩講座

池田清子「ルーティーン」、徳永孝「居酒屋(2)」、青柳俊哉「干し藁の中へ」(朝日カルチャーセンター福岡、2021年05月31日)


  ルーティーン       池田清子

  私から
  知らぬ間に剥がれ落ち
  気づいたら
  見える範囲で掃き集め
  その度に
  それらを全て捨て続ける

  落ちる前は
  私のものだったのに
  私には必要なものだったはずなのに

  いつの間にか
  毎日のルーティーン

  もうそろそろ
  折り合いがついてもいいのでは

 「ルーティーン」とは何だろうか。ここには具体的には書かれていない。二連目のことばから、新陳代謝を読み取った受講生がいた。生まれ続け、死んでいくもの。そういう人間の活動。また、こころの変化を読み取った受講生がいた。たとえば、生きる悲しみのようなもの。
 たしかに人間は悲しみをずっと持ち続けるわけではない。ときどき手放す。あるときは悲しみも必要である。悲しみが生きている実感をささえることもある。そして、そういう悲しみと「折り合い」をつけるときが、やがてくるかもしれない。いや、やっぱり手放さずに生きていたい……。
 こう読み取った受講生は、池田の過去の詩を思い出していた。八木重吉の、悲しみが腑にたまる、を思い起こしたと語った。
 池田が書きたかった「何か」は「悲しみ」ではなかったようだが、私は、何かを「悲しみ」ととらえる読み方が好きである。
 詩は作者のものであると同時に、それを読んだ人のもの。読んだ人の「感想」を通じてひろがってゆく。さらに他人に手渡される、ということがある。

  居酒屋(2)(Air Force Mini2 )    徳永孝

  ぼくは加湿機
  Air Force Mini2 

  先週はカウンターの左はし
  3日前は棚の上
  今日はカウンターの少し内側

  ぼくはどこにいればいいの!

  ウィルスをやっつける強いぼくだよ
  叔父さんはアメリカ空軍の大統領専用機
  Air Force One 

  もっとまん中に置いて
  活躍させてよ

 コロナ時代の居酒屋の情景を描いている。ことばがリズミカルで楽しい。
 「活躍させてよ」が印象に残る。加湿器の名前Air Force Mini2 がAir Force One に似ているのが楽しい。「叔父さん」ということばが効果的。Air Force Mini2 とAir Force One は直接関係がないが、その直接的なつながりのないことが「叔父さん」ということばで象徴されている、と好評だった。
 徳永は「アメリカ空軍の大統領専用機」ということばを書こうか、書くまいか迷ったと言っていたが、私はあった方がいいと思う。なくてもAir Force One がアメリカ大統領の専用機であることはみんな知っているかもしれない。しかし加湿器の名前と対比させているということを明確にするには、大統領専用機ということばがあった方がわかりやすいし、おかしさが倍増する。

  干し藁の中へ   青柳俊哉

  朝霜にぬれて立つ
  干し藁の中へおりていく
  心の層にひこばえの田んぼがうまれる
  秋爺のもみがらを焼く煙がたなびく
  白菜畑の葉のうえを冬の蝶がつたう
  藁の隙間を通過する小さな星の 
  満開の稲の穂先のすずなりの氷のそよぎ
  星にむかう鶏鳴 土のしたの蛙の
  眠りの中にふる雷鳴と雹の雨のいたみ
  太陽が昇り 藁の表面に
  細い氷のすじが
  とけだす頃

 刈り取りの終わった田んぼの風景だが、イメージが美しい。風景だけれど、「心の層」ということばが指し示しているように、心象風景にもなっている。心と風景が重なっている、と受講生の声。
 どの行が一番印象的か問いかけてみた。
 「満開の稲の穂先のすずなりの氷のそよぎ」が印象的で、特に「氷のそよぎ」に驚いたという声。
 「の」ということばで、イメージがどんどん広がっていく。そこに青柳の詩の特徴かあるが、私は、「秋爺のもみがらを焼く煙がたなびく」の「の」の使い方に目を向けてみることを提案した。
 この「の」はふつうはどう書くだろうか。秋爺「が」もみがらを焼く煙がたなびく、といわないだろうか。主語を指し示す格助詞の「が」。「が」と書くと、次の「煙がたなびく」の「が」と重なるから避けたのだろうけれど、それだけではなく短歌(和歌)などでも、こういう「の」の使い方があるように思う。そして、そのときの「の」は、やはり全体のリズムをつくるのに効果を上げている。そういう意味では、秋爺のもみがらを焼く煙「の」たなびく、でもよかったかもしれない。「が」になったり、「の」になったりして、主語が流動する。イメージの流動が加速する。
 「の」の響きあいのほかに、「鶏鳴」と「雷鳴」、「雹」と「表面」の音の響きあいも、イメージをゆさぶる働きをしていておもしろいと思う。
 最終行の「とけだす頃」は、「とけだす頃」何をするのか、明確に書かれていないが、「干し藁の中へおりてゆく」と自然に読めると思う。ことばが前へ引き返すことで、イメージを完結させる(閉じ込める)効果を上げている。

 谷川俊太郎の「パンジー」も読んだ。(集英社文庫、「私の胸は小さすぎる」収録)

  あなたは詩を欲している
  あなたは詩に飢えていると女は言うのだ
  そうしてぼくに萎れかけたパンジーを一本くれる

  「これは宇宙からの引用です」
  恥ずかしげもなく女は言う
  下手な自作の何行かをワープロで打って渡されるよりましだが
  ぼくは別に詩に飢えているわけじゃない
  かと言って腹もへっていないが

  女の目はぼくを見ていないみたいだ
  女の鼻はなんの匂いも感じてないみたいだ
  きれいな顔をしてるのに

  ねえきみ今のぼくに必要なのは詩よりもむしろ情なんだ
  心の中でぼくは言う
  宇宙には情なんてひとっかけられありゃしない
  だから星はあんなにきれいに見えるのさ

 「詩」とはなんだろうか、と話し合ってみた。
 「これは宇宙からの引用です」という行が印象的で、この作品のなかでは、この行に詩を感じるという声が集まった。
 「詩」と対比されている「情」とは何だろうか、とつづけて尋ねてみた。
 最後の二行に対して、宇宙を見ているひとに情がなければ、宇宙はきれいに見えないのではないだろうか、という、谷川に直接聞かせたいような感想があった。
 私は、情に対しては非情ということばを思い浮かべる。漢詩の世界。人情を無視して自然の絶対性が全面に出てくるときがある。そのとき「非情の美」と思う。それに通じるかな、と思っていたので、「見ているひとに情がなければきれいに見えない」ということばに大変驚いた。
 「情」に対する考え方(定義の仕方)はいろいろあるだろうけれど、この谷川の詩に限定して言えば、三連目が手がかりになると思う。三連目には「情」は書かれていないが、最終行に出てくる「きれい」が、ここにも出てくる。「きれいな顔をしている」と。
 この三連目は、起承転結の「転」であり、「結」から逆に見ていくと、女の人の顔が「きれい」なのは「情」を欠いている(情なんてひとっかけられありゃしない)ということになるのだろう。
 さらに、他人に対して「詩を欲している」とか「詩に飢えている」と言うことは情にあふれる行為と言うよりも、「情を欠いている」ということになる。だから女のことば(詩)はつまらないが、顔は「きれい」。
 では、もし「情」をあらわすとすれば、この詩の女の人はどうすればいいのだろう。
 こういうことまでは時間がなくて話し合わなかったのだけれど、私は、ことばを添えずに「萎れかけたパンジーを一本」谷川に渡すことが情を示すことかなあと思う。谷川が受け取るかどうかわからない。でも、何も言わずに萎れかけたパンジーを一本渡せば、谷川は違った詩を書いたかもしれない。しかし、そうすると、この詩は書かれないことになるから、どうもややこしい。永遠につづく循環回路に迷い込んだみたいになる。
 結論が出ない。
 でも、それが詩を読むということかもしれない。「結論(意味の発見)」というのは、あくまでも仮のもの。いろいろ考え、いろいろ思うこと、それをことばにしようとすることが詩に触れること、詩を体験することだと私は思う。

 

 


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高柳誠『フランチェスカのスカート』(2)

2021-06-05 09:04:19 | 高柳誠「フランチェスカのスカート」を読む

 

高柳誠『フランチェスカのスカート』(2)(書肆山田、2021年06月05日発行)

 「柳絮」は「霧」に形態が似ているかもしれない。

          昨日まではどこか凛とした身振りで周囲の空気を
  支配していた冷気の底が割れると、頬をなでるやわらかな風に紛れ
  て白い使者たちがひそかに町に忍び込んでくる。

 「冷気の底が割れると」と高柳は書いている。季節に関係している。それは「やわらかな風」に乗る。そして「白い」。なによりも「ひそやかに」(音をたてずに)「忍び込んでくる」ところが似ている。「冷気の底を割る」かどうかは別にして、「頬をなでるやわらかな風に紛れて白い使者たちがひそかに町に忍び込んでくる。」という描き方は、主語を「霧」にしても通じるだろう。
 「ひそやかに/忍び込んでくる」という運動の形態が「霧」と「柳絮」をつないでいる。「霧」では「ひそやかに」ということばはつかわれていなかったが「秘めやかな」ということば、さらに「自在に伸縮する」という表現があった。「秘やかに/自在に」忍び込んでくる柳絮と言い直すことができる。

                   季節はずれの雪が舞い踊るか
  のように、無数の白い綿毛が穏やかな青空全面を覆いつくしている。

 この部分には、高柳のことばの運動の特徴のひとつがあらわれている。「柳絮」は「白い綿毛」、それは「雪」ではない。その季節的にかけ離れたものをあえて結びつける。そして、その接着剤として、季節「はずれ」ということばをつかう。「はずれている」。そのことを強く意識している。
 ほんらい、それは結びつくものではない。だが、結びつけるのである。その運動を「詩」と定義しているのかもしれない。
 そのことを意識すると、次の部分こそが高柳の書きたいことなのだとわかる。

          一つ一つの綿毛が一つ一つの世界をもち、それら
  が互いに連係を保ちながら全体で一つの神秘の舞踏を織りなす。

 「連係を保つ」。高柳は、ある存在を把握するとき、その存在がどんなふうにして世界とつながっているかを見る。つながりの中に「世界」を見る。ある「一つ」の存在(柳絮、あるいは霧)を出発点に、ことばがつなぐことができたところまでが「世界」なのだ。
 綿毛の「一つ一つ」が連係するだけではなく、連係することで生まれる世界が「一つ」なのである。それは切り離すことができない。この切り離せない関係を、高柳は「神秘」と呼んでいる。一瞬の連係ではなく、連係を「保つ」とき、そこに「神秘」が生まれる。
 きょう、私が棒線を引いたのは「連係を保ちながら」ということばである。

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