詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高柳誠『フランチェスカのスカート』(3)

2021-06-06 09:33:48 | 高柳誠「フランチェスカのスカート」を読む

 

高柳誠『フランチェスカのスカート』(3)(書肆山田、2021年06月05日発行)

 「印刷所」には時里二郎の通じることばが出てくる。

                          組版の段階で
  は意味のない左右さかさまの紋様でしかなかったものが、端正な文
  字の列となって出てくるところなど、魔法じみている感じさえする。
  世界がぐるっと反転するような感覚が、そして世界がまるごと一枚
  の紙のうちに収まるような感覚が、内臓をゾワゾワさせるのだ。

 「反転する」が、それである。そして、その「反転する」は単に反転するだけではなく、反転することで「正しい」ものになる。「端正」ということばのなかに、その「正しい」がある。
 これは、こう言い直される。親方が、見習職人の「ぼく」に助言する。

  原稿の意味に引っ張られるようじゃだめだ。原稿を見た途端に、そ
  の反転した字姿を見通すんだ。それがどういう組版を望んでいるの
  かを感じ取るんだ。それが習慣づけば、原稿を手にすると同時に、
  活字が組み上がったときの姿が細部にわたるまで見えてくるはずだ。」

 おもしろいのは、その「反転する/反転した」ということと対比するように、「意味」ということばがつかわれていることだ。「反転する」ことによって、「原稿の意味」を超える。そして、その「意味」を超えるものとは何かというと、「細部」なのである。「細部」は「事実」と言い換えることができるかもしれない。
 「意味は無意味だ」(ことばに意味はいらない)、大事なのは「細部=事実」だというのは、那珂太郎の詩学に通じるかもしれない。高柳にしろ、時里にしろ、あるいは阿部日奈子にしろ、那珂太郎の好んだ詩人にはひとつの共通要素がある。散文形式で詩を書く。そのことばの運動は「論理(意味)」の形成をめざしているように見える。しかし、実質は「意味」を拒絶している。別の言い方で言えば「意味を反転させている」。意味の反転としての無意味。それを「細部」にわたるまで、克明に描く。そのときの「事実の正確さ/書き換え不能」が彼らにとっての詩なのである。那珂太郎の詩で言えば、たとえば「アメリイの雨」の書き出し。「雨のピアノが奏でるチヤバイビコボフブスブキビイビ」という音の楽しさ。
 その「細部の事実(具体性)」として、高柳は、こんなことを書いている。

  一日の長い仕事の後、薄暗いなかで活字を拾い続けていると、疲れ
  と眠さについ集中力が切れて、うっかりbとdを取り違えるといっ
  た初歩的な誤りを犯してしまう。

 「bとdを取り違える」というのは活版印刷でしか起きない「事実」である。いまのコンピューター製版では起きない。もう死んでしまった世界が、ふいに出現してきて、笑いを引き起こす。この「笑い」の性質も、高柳、時里、阿部に共通しているかもしれない、と思った。

 

 

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ばかやろー新聞

2021-06-06 07:56:07 | 自民党憲法改正草案を読む
新聞を読んでいて思わず「バカヤロー」と声が出るときがある。
無批判性が頭に来る。
きょう6月6日の読売新聞。「独自」、つまり特ダネが載っているのだが、これは単に読売新聞の記者の無批判性が厚労省のだれかに利用されたというだけ。「独自」取材ではなく、リーク先を選択されたというだけ。
その「ニュース」というのがこれ。
【独自】「ステージ4」減って11道府県…病床使用率で新方式、実際に入院中の人だけで計上
 厚生労働省は今月から、新型コロナウイルス感染者の病床使用率の集計方法を変更した。これまでは、入院中の人だけでなく入院先が決まった人も含めて計上していたが、新方式では、実際に入院中の人だけで計上する。これにより、医療の逼迫ひっぱくが最も深刻な「ステージ4(50%以上)」の状態にあるのは2日時点で大阪や愛知など11道府県となり、前週の20道府県から大きく減った。
 病床使用率は、国が定めた7指標の一つで、医療の逼迫度を分析し、緊急事態宣言の解除などの参考にしている。従来の集計では、入院先が決まっているものの、準備が整わずに自宅などにいる感染者も加えて集計していた。このため、病床の逼迫度合いが正確に把握できていなかった。
↑↑↑↑
この集計方法では、「入院先が決まっているものの、準備が整わずに自宅などにいる感染者」が死亡したときはどうなるのか。
また、「準備が整わず」とは誰のことなのか。病院か、患者かもわからない。
いま現実に起きている問題として、自宅で待機中(療養中)に死亡するひとがいる。
こういう例が増えれば、ベッドの使用率はどんどん下がる。
「準備が整わない」という理由で入院させなければ、ベッドの空きはどんどん増える。
ベッドの使用率にほんとうに余裕があるのなら、自宅待機(療養)は即時に中止して、全員入院させるべきである。
統計上の「数字」をごまかしても、自宅待機(療養)の患者が減るわけではない。
ベッドの「使用率」が問題なのではなく、入院できない感染者がいるということが問題なのである。集計方法を変更して、ベッドの使用率が低くなったかのように見せかけても現実は変わらない。
この計算方法を思いついた厚労省のだれかは、きっと菅に「こうすれば、ベッド使用率が下がるので、ステージ4の都道府県数が減る。安全・安心オリンピックをアピールできる」と進言するのだろう。そうやって出世していくのだろう。
この「特ダネ」を書いた記者も、「やった、特ダネだ。これで出世できる」と思っているのだろう。
国民(感染者)そっちのけで、自分の出世だけを考えて行動している。
あまりに情けない。
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