詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高柳誠『フランチェスカのスカート』(1)

2021-06-04 09:20:28 | 高柳誠「フランチェスカのスカート」を読む

 

高柳誠『フランチェスカのスカート』(1)(書肆山田、2021年06月05日発行)

 高柳誠『フランチェスカのスカート』を一日一篇ずつ読み進めてみる。先のページは読まずに、その日読んだことばだけを手がかりに高柳の「文体」について考えてみる。読み進むにしたがって、修正し続けなければならなくなるかもしれない。そうだとしても、その修正の過程でしかつかみ取ることのできないものがあるはずだ。むしろ、どこまで修正し続けることができるかを試してみたい、と思う。
 一日目は「霧」。

  霧は、一日二回、決められた日課のごとくにこの町を襲う。早朝、
  海から這い上がってくる霧は、夕方、ふたたび海へと帰っていく。
  この霧の動きが、人々の生活のリズムを根底から決定している。

 この書き出しには、高柳の多くの詩に共通するテーマがある。人間は自己決定しない。もちろん自己決定する部分もあるが、人間以外のもの、人間の意識では操作できないものが人間を支配している。「この霧の動きが、人々の生活のリズムを根底から決定している。」高柳は「決定する」ということばをつかっている。そして同時に「根底から」ということばをつかっている。「決定」は表面的なものではない。むしろ、内面的なもの、内面を支配してしまう決定である。
 キーワードはどちらか。単純に読むと「決定する」である。「この霧の動きが、人々の生活のリズムを決定している。」で意味が通じる。しかしだからこそ、その「意味」をさらにつきすすめている「根底から」の方が重要である。「根底から」ということばがなければ高柳はこの詩を書き進めることはできなかっただろう、と私は思う。乱暴に言い直せば「決定している」は「支配している」でもいいのだが、どちらの動詞をつかうにしても「根底から」ということばを高柳は書かずにはいられないだろう。もちろん「根底から」を「内面から」とも言い直すことはできるが、その書き直しは「決定している」を「支配している」と書き直すのとはかなり違う。「決定する」をつかうにしろ「支配する」をつかうにしろ、その前に「説明」を付け加えたい、その説明によってこれから始まる世界を「限定」したいという気持ちが高柳にはある。「根底から」は必要不可欠なことばであり、それは必要不可欠だからこそ、半分無意識である。「根底から」は高柳の「肉体」になってしまっていることばである。こういうことばを、私は「キーワード」と読んでいる。私は読みながら「根底から」に棒線を引く。
 読み進むと、もう一回、思わず棒線を引いてしまう別のことばに出会う。
 霧は、家の中にまで侵入してくる。そして、霧のために……。

  家のなかでさえ、銀のスプーンやフォークはいくら磨いてもすぐに
  曇ってしまうし、鏡も表面が滲んだように靄がかかって、かえって
  そこに映し出された人の秘めた内面を浮き立たせる。

 私が棒線を引いたのは「かえって」である。ふつうなら、鏡が曇れば何も見えない。だが、逆に鏡が曇ると「人間の外観」は映らないが、「内面」が映ると高柳は書く。しかし、こんなことはありえない。鏡は最初から「外観」を映し出すものであって、「内面」を映し出したりはしない。ありえない。そのありえないことを、ある、というために高柳は「かえって」ということばをつかっている。何かが逆転する。しかもそれを引き起こすのは、鏡、霧という存在ではなく、ことばなのである。「かえって」ということばが存在しなかったら、高柳はこの詩を書き続けることはできない。もちろん「逆に」でもいいけれど、それは最初に書いた「根底から」が「内面から」であってもいいのと同じ意味での可能性である。(実際、「内面」は「根底」と同じ概念を共有しているだろう。)私が指摘したいのは、ことばの運動を支配する「はずみ」のような存在のことである。ことばを動かすエネルギー。そのエネルギーのあり方は、人それぞれによって違う。高柳は、この詩では「根底から」「かえって」ということばを必須のものとして書いている。それは高柳の「エネルギー/肉体/いのち」であり、削除してしまうと、高柳の詩は死んでしまう。
 このあと高柳は、こう書いている。

                          おのれの本質
  を直視することに耐えられなくなった人々は、鏡に被いを掛けてし
  まいこみ、その存在自体を忘れてしまうしかない。

 「その存在」とは文脈にしたがえば「鏡」である。しかし、「霧」と読みたい衝動にも、あるいは「自分自身(の本質/内面)」と読んでみたい衝動にも襲われる。あえて「誤読」し、その「誤読」を推し進めていくと何が見えるか確かめたい気持ちになる。
 つまり、高柳の詩を忘れ、自分自身の問題として「霧/鏡/自分」の関係を考えてしまう。こういうことは「解釈」の基本から外れてしまうことだが、私は、そういうことが大好きである。
 この詩人の言いたいことは何か、要約せよ。
 こういう質問は、つまらない。この詩人はこう書いている。それについてどう思うか。これは単に詩の「解釈」に限らず、あらゆる瞬間に起きることである。
 だれかの発言の「真意」(その人の言いたいこと)など関係ない。そのことばによって、自分が何を考えたか。それが大事だ。発言者は「誤解だ(誤読だ)」いうだろうが、「誤読」のなかには「誤読」なりの必然性がある。

 あ、脱線した。

 脱線とはわかっているが、私はこんなふうに読む。それを、全作品に触れながら書いてみたい。途中で休むかもしれない。やめてしまうかもしれない。先のことはわからないが、やってみるしかない。

 

**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
(郵便でも受け付けます。郵便の場合は、返信用の封筒を同封してください。)

★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

**********************************************************************

「詩はどこにあるか」2021年5月号を発売中です。
137ページ、1750円(税、送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。

https://www.seichoku.com/item/DS2001411


オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「深きより」を読む』76ページ。1100円(送料別)
詩集の全編について批評しています。
https://www.seichoku.com/item/DS2000349

(4)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(5)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(6)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

 

 

問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする