谷川俊太郎『どこからか言葉が』(2)(朝日新聞出版、2021年06月30日発行)
谷川俊太郎『どこからか言葉が』のなかでは、「からっぽ」が一番好き。きのう書いたように少し理屈っぽいのだけれど、「ひらがな」が理屈っぽさを遠ざけているのかな?
ふたをあけたら
なにもはいっていなかった
からっぽなら
なにをいれてもいいのか
それともみえないなにかが
もうはいっているのか
「それとも」が、論理のなかへもう一度踏み込んでいく感じ。だから、「理屈っぽい」という印象になる。
ふたをとじても
からっぽはきえない
なにもないのにからっぽはある
はこのなかのからっぽは
そとのからっぽにつうじている
からっぽはおそろしい
「ふたをとじても」の「も」はさらに論理へ踏み込んでいくためのことばだけれど、ふたを閉じたら、からっぽかどうか、わからない。わからないけれど、「想像」はできる。目に見える「事実」よりも、「想像」の方を信じている。ここがこの詩のポイントだね。
「なにもないのにからっぽはある」は「哲学」だね。はっきり覚えていないが「ない」が「ある」ということに最初に気づいたのはギリシャの哲学者だそうである。「なにもないのにからっぽはある」は「なにもないのに、ないはある」と言いなおすことができるね。そして、それは「事実」ではなく、言いなおすことによる「想像」、ではなく、「創造」。つくりだしている。世界を。あるいは、世界の「見方」を。
「哲学」というのは「世界の見方」なのである。そして、それは「ことば」によってつくりだされるものなのである。
「はこのなかのからっぽは/そとのからっぽにつうじている」という二行は、この詩のなかでは一番むずかしい部分である。「難解」という表現の方が、この場合、適切かもしれない。
谷川は、なぜ「はこのなかのからっぽ」と「そとのからっぽ」が「つうじている」と断言できるのか。
だいたい、「そとのからっぽ」って、どこにある?
そのことが書かれていない。
たとえば、箱の外には、箱を見つめる谷川がいる。谷川がいれば「そと」は「からっぽ」ではない。谷川のまわりには机があるかもしれない。テレビがあるかもしれない。それから谷川が好きな「おもちゃ」があるかもしれない。何かがある。「からっぽ」ではない。しかし、何かがあっても「からっぽ」と感じることはある。
つまり。
「はこのなかのからっぽ」は「そとにある、見えないからっぽ」を感じさせるのである。「感じ」は、それを「ことば」にするとき、いっそう強くなる。「ことば」が「からっぽ」をつくりだす。「ない」のに「ある」にしてしまう。
と、いうことだろうと思って、私は読む。
このあと谷川は「からっぽはおそろしい」と書く。この「からっぽ」とは「はこのなかのからっぽ」か、それとも「そとのからっぽ」か。区別がない。だからおそろしい。区別がないものは、だれかれの区別なく迫ってくる。だから、おそろしい。概念(想像)なのに、ことばくぐりぬけて、実体になって谷川を襲う。
おそろしいときは、どうする?
からっぽに
なにかいれなければ!
なくしてしまったもの
ほしいのにもっていないもの
みたこともないもの
どこにもないもの
「ない」「ない」づくし。「ない」ものを「からっぽ(なにもない)」に入れる。そんなことは、現実にはできない。でも「ことば」は、そのできないことを語ることができる。
ことばは、なぜ、そんなことをしてしまうのだろうか。
これ以上書くと、ほんとうに「理屈」なってしまう。「理屈」というのは、やってみればだれでも体験することだけれど、どれだけでも捏造できる。「後出しじゃんけん」のように、いつでも「最後」のものが勝利をおさめる。だから、私は、そういうことを書かない。
きょう書いたことも、あしたはそれを破壊するために書く。
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