風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

棒のようなもの

2019年07月11日 | 体を整える
体の左側の耳の後ろから方にかけて、鉄の棒でも入っているかのように、塊と痛みを感じるようになって、3か月ほど。

その棒のような違和感は、始めてあらわれたわけではなく、そもそもの原因であった要です。

その不具合を調整するためそれを支えてきたいろんな場所が、支え切れなくなって、痛みとなって危険信号を放つこととなり、井本整体へと導かれたわけです。
その痛みや違和感を、修理改善していくうちに、とうとう根源となるところへ到達したということらしい。


最初から、そこへ着手すればよいということではなく、外堀からゆっくりと穏やかに調整していって、支える力を付け、それが、安定して行くと、スムーズに働くようになるのです。
急がば回れということ。

よい方向に向かい始めるのは、悪くなっていった年数の三倍はかかるそうですから、なるほどねと思う。


このところ、背中のこんもりとしたところが、なくなりかけていて、しっかりと腰で支えられるようになっています。
足も、家に向かってねじる力が、出てきたので、蟹股が改善され、膝が限りなく近づいています。
片方に、重い荷物をもっても、腰が痛くならなくなった。

そして、何かの違和感を感じると、すぐに、反応するようになりました。
具体的には、体操モドキをして、体を動かしたくなり、微調整を意識せずにしているようです。

そして、蒸タオルを気がついたら手早く施して、気分爽快に気が付いたらなっている。
ねばならぬで行動を起こすのではないというのは、心理面にも大きな効用があるということかもしれません。



首が左にねじれなかったのが、多少の違和感はあっても、ねじることができています。

そして、思いっきり声を出した後は、鉄の棒が、 不協和音を奏でて、痛みが走ることがあったのが、長時間声を出しても、痛みが出なくなりました。

まだまだ、そこに、こわばりがあって、解放されるところまでには至っていませんが、少しずつ邪魔がなくなっています。

それだけでも、かなり快適です。
ここまで、約10年。山田先生は、こともなげに、「そんなものですよ」とおっしゃる。

まだまだ、先のたのしみがあり、年齢という坂道を転げ落ちないで、せめて、維持をしたいと思う。




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