詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

夏目美知子「鳥でもシンガーでもなく」

2018-05-19 10:33:36 | 詩(雑誌・同人誌)
夏目美知子「鳥でもシンガーでもなく」(「乾河」81、2018年02月01日発行)

 夏目美知子「鳥でもシンガーでもなく」の次の部分。

灰色の空を低く、鳥が飛ぶ。真下から見ると、羽は美し
い一文字だ。鳥も鳥の訳があって飛ぶのだろう。大きな
ものに動かされているが、そのことに気づかないまま。
あの鳥はどこで死ぬんだろう。

 「一文字だ」という断定にこころが動いた。「一文字に見える」ということだが、私は鳥は羽を「一文字にして」飛ぶと読んだ。そこには鳥の「意思」がある。「思い」がある。この「意思/思い」を夏目は「訳」と呼んでいる。「訳」は「理由」ということだろうけれど、「訳す」という動詞につながる。自分なりに解釈する、そして自分のことば(あるいは別なことば)に言いなおすという意味にもつかわれることがある。ここでは、夏目は「正確に」翻訳しているわけではないが、何かしら、「鳥のことば」を感じ取って、それを夏目のことばとして言いなおそうとしている動きも隠れている。それが、鳥は「大きなものに動かされているが、そのことに気づかないまま」飛んでいるということになる。
 このとき「鳥の羽」も「一文字」だが、「鳥の思い(こころ)」と「夏目のこころ」もまた「一文字」につながっていないだろうか。
 私は、あ、いま見ているのは「鳥の羽」なのか、「鳥の羽を見ている夏目」なのか、どっちなのだろうと思い、どちらでもなくそれが「ひとつ」になったものを見ていると感じる。
 この「ひとつになる」、あるいは「一文字」は、次の部分で別のことばに変わる。

台所。午後の大半をここで過ごす。秋になると、西へ急
ぐ太陽がその途中、柔らかい光を惜しみなく降り注いで
くる。新聞を読み、アイロンをかけ、手紙を書き、夕方、
食事の支度に立つ。決めておいたメインの下拵えをしな
がら、他の副菜やスープの中身を考える。焼いたり揚げ
たり、出来上がり間近に物足りないとなると、一品足す。
こんな実際が、私を繋ぎとめる。薄い影になってどこか
に流れ出さないように。

 「繋ぎとめる」。鳥の羽が「一文字」になるとき、鳥が繋ぎとめるものはなんだろうか。遠いところにある「真実」だろうか。それとも鳥自身の「肉体」のなかにある「真実」だろうか。

あの鳥はどこで死ぬんだろう。

 「死ぬ」という動詞がつかわれているが、これは逆に、いま飛んでいること、「生きている」ことを浮かび上がらせる。だからこそ、それは、

薄い影になってどこかに流れ出さないように。

 と言いなおされるのだ。



*

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