詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

山口賀代子「喜助さん」、伊藤悠子「鹿」

2018-05-16 15:20:49 | 詩(雑誌・同人誌)
山口賀代子「喜助さん」、伊藤悠子「鹿」(「左庭」39、2018年04月15日発行)

 山口賀代子「喜助さん」は祖父が死んだときの「精進落とし」の様子を描いている。酒が出るので、故人を偲びながらも話がはずむ。そのなかでひとり、祖父の幼なじみの「喜助さん」は、飲まず、食わず、位牌の前に座っている。

喜助さんはなにをおもっているのだろう
なにを感じてられるのだろう
喜助さんのまわりだけがしんとして
ちいさくなった喜助さんだけが
そこに居た

 「しんとして」と「小さくなった」の呼応が緊密だ。まるで「小さくなった」分だけ、そこに「沈黙/静寂」の輪郭ができたように見える。「小さくなった」ではなく「小さくなって」、そうすることで「静寂/沈黙」をつくりだしている。
 幼なじみを失って、さびしさで「小さくなった」だけではなく、喜助さんの「肉体」の中の祖父に向かって、その祖父を逃がさないために「肉体」を小さくして、祖父を閉じこめる。そうやって、しっかり「肉体」に閉じこめて、対話する。自分自身で、「肉体」を「小さくしている」のである。
 「肉体」は「思い/感情」そのものである。祖父を核にして「思い/感情」が結晶する。その結晶化にともなって「肉体」が小さくなる。小さくなった「空隙(喜助さんのまわり)」に「静寂/沈黙」が入り込み、それがバリアのように喜助さんをつつんでいる。
 「そこに居た」と「位牌の前に居た」ということだが、そのとき「位牌の前」はもう「位牌の前」ではない。「そこ」としか呼べない、「名づけられていない場」、喜助さんが座り、祖父を思うことで生まれてきた「場」である。
 ことばが動くことで、はじめて明らかになる「場」である。



 伊藤悠子「鹿」は書き出しが美しい。


杉林に霧がおり
霧は杉の間に立ち
霧は白い杉のように立っている

 長谷川等伯の「松林図」を思い起こさせる。霧は「おりてくる」。上から下へおりてくる。しかし、それを「立つ」と言いなおす。杉のように、大地から天へ向かって立ち上がる。ここに不思議な矛盾がある。その瞬間に「白い」ということばが張り込み、矛盾を矛盾ではなく「現実」にする。「白い杉」が生まれる。杉は「白い」ものではないから、「白い」が生まれる、生みなおされる、といってもいい。
 山口の詩の最終行を真似て言えば(借りて言えば)、「そこに、白い、がある」。
 最終連は、こうである。

霧の杉林は大きな鹿の林立に この朝見えて
その間を
私たちは小さくバスで世へと抜ける

 「立つ」はしかが「立つ」と言いなおされる。「白い杉」(白い)と「鹿」が「立つ」という動詞で「ひとつ」に結びつけられ、入れ代わる。「この世」ではない別の世界である。ことばが動くことで生み出した世界である。そこから「この世」へと伊藤は帰ってくる。「この世」とは書かれていないが、私は「この」を補って読んだ。
 「小さく」とは、「白い世」を壊さないように、静かに、ということだろう。
 「小さい」と「静か」は、伊藤の詩でも「ひとつ」になっている。

*

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