詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

自民党憲法改正草案再読(9)

2021-07-08 09:55:50 |  自民党改憲草案再読

自民党憲法改正草案再読(9)

 現行憲法の第13条は、第12条の「国民」という「一般概念」というか、「集団的定義」から、「個人(ひとりひとり)」に絞り込んで「言いなおしたもの」(補足したもの)と読むことができる。それは第12条でつかったことば「公共の福祉」を、そのままもう一度つかっているところからもわかる。これは改憲草案についても言える。改憲草案では「公益及び公の秩序」が繰り返されている。重複になるが「第12条」もあわせて引用しておく。

(現行憲法)
第12条
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第13条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
(改憲草案)
第12条(国民の責務)
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
第13条(人としての尊重等)
 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

 第13条の変更点はふたつ。
①現行憲法の「個人」が改正草案では「人」になっている。「個」が削除されている。これはあまりにも小さな変更なので見落としてしまいそうだが、とても大きな問題を含んでいる。
 「国民」の定義は「第10条」にあるように、ひとくちでは言えない。だから「法律」で定義しなおすのだが、国民というとき、ひとはどうしても「集団」を想像する。一人ではなく、複数の人間。ひとりと複数を結びつける何かを指して「国民」と言う。「国民」は概念である。
 でも、生きているのは「ひとりひとり」。概念ではなく、具体的な存在。「国民」と定義するだけでは「ひとりひとり」(個人)は定義できない。個人の権利と自由、責任というものを定義できない。だからこそ、現行憲法は「国民」を「個人」と言いなおすことで、第12条で書いたことを「定義しなおす」のである。
 改憲草案のように「人」と言いなおしては意味があいまいになる。それは「人」という単語が、日本語では「単数」をあらわすこともあるが「複数」をあらわすこともあるからである。「複数」では「国民」とかわらない。「一般概念」のままである。「ひとりひとり」は排除されている。改憲草案の狙いは「個人」の排除なのである。「統合」からはみだす人間を排除することで「統合」を強力にする。独裁を強化する、という狙いが「個(人)」の排除(削除)にあらわれている。
 ②言い直しの部分。私はきのう現行憲法第12条「国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」を「もし「みんなの助け合い」を邪魔しない(妨害しない)のなら、基本的人権として認められていることは、何をしてもいいということだろう」と書いたが、それは「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」ということになる。
 改憲草案は「公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない」。「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」と言い換えた上で(これは、第12条ですでに言い換えているので、引継事項といえる)、「最大の尊重を必要とする」を「最大限に尊重されなければならない」と書き直している。
 このとき、主語、目的語が、現行憲法と改憲草案では、入れ替わっている。ここに注意しなければならない。
 現行憲法は「立法(主語)」は「国民(個人)の権利」(目的語)を「尊重しなければならない(述語)」という意味である。つまり、「立法」は「個人の権利」を「侵害してはならない」という意味である。ところが、改憲草案は「個人の権利(主語)」は「立法によって(補語)」「尊重されなければならない(述語)」である。「立法」が、手段(補語?)の位置に格下げになっている。つまり、見えにくくなっている。「主語」を「人の権利」と呼び、「立法」の行為をわかりにくくしている。
 「法」は「行政(内閣/権力)」のよりどころである。どんな政策も「法」にのっとって施行されないといけない。その政策を施行する権力者の存在を見えにくくして、「公益及び公の秩序」ということばで、権力を行使しようとする意図がここに隠されている。
 何度も「重要土地利用規制法」を取り上げるが(最近成立した法なので、多くの人が覚えていると思うので)、この法律は、自衛隊基地や原発など安全保障上重要な施設の周辺や国境の離島などの土地利用を規制する。政府が対象に指定した区域の土地所有者や利用実態などを調査し、規制することができるというものである。その法律では「個人の権利」の権利は、「原発は公の利益」「基地は公の秩序」の前で排除される。個人の権利よりも「公益及び公の秩序」が優先される。
 この法は、したがって、現行憲法の「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」に反する。あるひとが自分の土地が原発や自衛隊の基地に利用されるのを拒否したとしても、それは「公共の福祉(みんなの助け合い)」を妨害することにはならない。邪魔することにはならない。そういう場合、立法は個人の権利を尊重しなければならない(最大の尊重を必要とする)のに、その規定を無視しているからである。
 たぶん菅は原発を稼働させること、自衛隊の基地をつくることは「公益(みんなが電力を利用できる)」「公の秩序(外国からの侵略をふせぎ、いまの日本の安全な秩序を守る)」に合致する、というだろうが、原発がなければ電力は確保できないのか、自衛隊の基地がそこにないと安全が確保できないのかということは検討せずに、電力会社や大企業の利益(なんといっても、「前文」で「経済活動を通じて国を成長させる」と言っている)やアメリカの世界戦略(秩序)を「公益及び公の秩序」と言っているにすぎない。
 大きな利益と秩序のためなら「個人の権利」は我慢すべきである、というのが菅の言う「民主主義」なのである。「個人」は尊重しない。「国民」が大事である。しかし、そのときの「国民」とは結局、権力者が把握している「国」のことである。「国」の政策を批判する「個人」は排除されている。
 「重要土地利用規制法」は改憲草案の先取り実施なのである。

 ところで、この「個人」というものは、「ひとり」であるから、とても弱い。「国民」という「集団」のなかでは「多数決」によって、自分の意志通りに行動できないことがある。そういう「弱い個人」を守るためには、どうすればいいのか。
 それを定義したのが「第14条」である。「平等」という考え方(思想)を書いている。「個人」は「すべて平等」。「個人を尊重する(第13条)」というのは、「個人個人は平等である」と認めること、差別しないこと。
 憲法は「大きなところ(大きな概念)」から出発して、少しずつ、細部を詰めるようにして構成されているのである。そのことが第10条から第14条まで読み進むと、よくわかる。国民→国民には基本的人権がある→基本的人権は濫用してはならない(公共の福祉のためにつかわなければならない)→しかし、公共の福祉に反しない限り、個人の権利は最優先される→個人には、それぞれ違いがある。しかし違いがあっても、個人はみな平等である。何を優先するか、たとえば原発を優先するか、安全な環境を優先するか=信条というようなことによって、個人を差別してはいけない、という具合に構成されているのである。

(現行憲法)
第14条
1 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
(改憲草案)
第14条(法の下の平等)
1 全て国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

 改憲草案は「障害の有無」を追加している。これは時代の要請というものだろう。また「これを認めない」というテーマを強調する「文体」を、ここでも改変している。テーマをなるべく知らせない、という「配慮」が隠れている。国民にはなるべく「知らせない」というのが安倍からつづいている政権の姿勢なのだが、それは、こういう「文体の変化」にもあらわれている。そういう意味では、「国民に何も知らせない」といういまの政治は、改憲草案の「先取り実施」のいちばん生鮮端の方法なのかもしれない。
 さらに「いかなる特権も伴はない」を削除している。これは何を意味するのだろうか。なぜ削除しなければならないかったのか。「栄誉、勲章その他の栄典の授与」と「特権を伴う」ということか、特権を与え、優遇すべきであるということか。
 現行憲法の規定は「栄誉、勲章その他の栄典の授与」があっても、授与されたひとと、授与されていないひととの間に「差別」は認めないということを強調している。法を犯せば、普通のひとと同様に「法」で裁かれるという意味になるが、改憲草案では違ってくるかもしれない。
 現行憲法の「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」は、「法は、全ての国民を差別してはいけない(だれかに特権を与えてはいけない)」という意味だろう。「栄誉、勲章その他の栄典の授与」というのは「法」にもとづいて行われるものだろう。それはある意味では「特権」である。「特権」であるけれど、「栄誉、勲章」というだけのことであり、それ以外では「法の特権(特別な優遇)」を認めないと念押ししているのだと思う。その「念押し」を削除したということは、きっと、法に基づいて「栄誉、勲章」などを与えられた人間は「優遇する」を意味するようになるだろう。
 たとえば、安倍や菅に何らかの「栄誉、勲章」を与える。そうすると、それ以後は安倍も菅も「法の下の平等」ではなく「法を超越した存在」として優遇される。そういう「道」を残している改正ではないだろうか。
 私は疑り深い人間なので、そういうことを考える。

 


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