第25条は、「生存権」ということばで呼ばれることがある条項である。
(現行憲法)
第25条
1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(改正草案)
第25条(生存権等)
1 全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、国民生活のあらゆる側面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第25条の2(環境保全の責務)
国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
第25条の3(在外国民の保護)
国は、国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない。
第25条の4(犯罪被害者等への配慮)
国は、犯罪被害者及びその家族の人権及び処遇に配慮しなければならない。
現行憲法も改憲草案も「国民の権利」を書いた後に、国の「責務」について言及する。「公衆衛生」ということばが出てくるのは、「公衆衛生」が前項の「健康」と深く関与するからだろう。
現行憲法が「すべての生活部面について」と書いている部分を、改憲草案は「国民生活のあらゆる側面において」と書き直している。なぜ「国民」ということばを挿入したのか、なぜ「部面」を「側面」と言いなおしたのか。たぶん「国民生活に限定した側面」という意図なのだろう。「国民生活」という限定外であると判断した場合は、国は努力しなくてもいいという余地を残していると思う。「すべて」の対極にあることばは「個」である。それをもとに、「すべての生活」ではなく「国民生活」というのは、きっと「個人の生活」ということになるだろう。そう思って読むと、次の新設条項の意図がわかる。繰り返しになるが、引用する。
(改正草案)
第25条の2(環境保全の責務)
国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
「国民と協力して」とは、「国民に協力させて」である。個人(一部の国民)の反対を許さない。一部の国民(個人)の権利を奪ってでも、多くの国民が良好な環境を享受することができるなら、その政策を遂行する、ということだろう。
第24条が婚姻という個人の権利と自由の問題であるのに、それを「家」の問題にすりかえたように、「環境」という大きな問題で個人の権利を侵害することを許容する(要求する、押しつける)余地がある。国への禁止事項が見当たらないのが、憲法として不自然であり、不気味だ。
「国民と協力して」というのは「協力」ということばが「美しい」(批判しにくい)だけに、とても危険なことばである。このことばはきっと「国民は協力しなければならない」という意味に解釈されるはずである。協力しない国民は「公益及び公の秩序に反する」と言われるだろう。俗に言う「反日」というレッテルが張られることになる。そういう危険を抱え込んでいることばである。
(改憲草案)
第25条の3(在外国民の保護)
国は、国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない。
もっともなことである。しかし、どうやって「保護」するのか、ここには明言されていない。拡大解釈ができる余地がある。たとえば救出のためにチャーター機を用意する、というのと、救出のために(あるいは保護するために)武力をつかって侵攻するというのでは、やることが違ってくる。ここにも国に対する禁止事項が書かれていない。
(改憲草案)
第25条の4(犯罪被害者等への配慮)
国は、犯罪被害者及びその家族の人権及び処遇に配慮しなければならない。
とても大事なことだが、同時に「加害者及びその家族の人権」にも配慮しなければいけない。加害者の人権(権利)については、第31条以下に書いてあるが、その条項と比較すればわかるが、この新設条項にも国への「禁止事項」ではない。
現行憲法は、まず国民の権利を明確にし、その権利保護のために国は「務めなければならない」と規定している。
改憲草案は、そのスタイルを踏襲した上で国の責務を書いているように見えるが、保障される国民の権利が何かがよくわからない。つまり推測するしかない。たとえば、改憲草案第25条の2の場合なら、それに先立ち「国民が良好な環境を享受する権利を有する」という条項がないといけないはずである。第25条の1の2の「国民生活のあらゆる側面」のひとつが「環境権」であるというのかもしれないが、こういうあいまいな表現は、嘘っぽく私には感じられる。
第25条4に戻って言えば、「犯罪被害者への配慮」が「加害者への配慮をやめる」ということになっては、条項新設の意味がない。人間は必ず更生する(更生し得る)という人間観とどう折り合いをつけるかが、とてもむずかしい。犯罪加害者を厳しく糾弾することで「被害者へ配慮する」ということになりかねない。
憲法は何よりも国への「禁止事項」でなければならない。
この問題は、こう考えてみればわかる。
「犯罪被害者」で、いまいちばん注目を集めているのは「赤木ファイル」事件である。財務省の職員が文書の改竄を命じられ、それが引き金になり、苦悩の末に自殺した。自殺に追い込まれた。これは、私の目から見ればその職員は犯罪被害者である。そして、その職員には家族がいる。この被害者、遺族に対して、国はどんな「配慮」をしているか。
どんな「加害」があったのか、それを防ごうとした人はいたのか、被害者を守ろうとした動きはあったのか。国は(菅は、安倍は、麻生は)口をつぐんでいる。情報公開を阻んでいる。そうすることで、新たな「加害」を働いている。しかし、そのことは問題にしない。
「詩織さん事件」というものある。加害者は安倍の「お友だち」である。国は(安倍は)、犯罪被害者である詩織さんに配慮をしたか。何もしていない。「加害者」を守っているだけである。
ここから見れば、改正草案第25条の4は、被害者が権力とは反対の側にある場合は、けっして実現されないと推測できる。
自民党のやっていることは、自分にとって都合のいいことは改憲草案を先取り実施し、不都合なことは無視するという形をとっている。しかも、その無視するときに「美しいことば」を羅列している。「犯罪被害者等への配慮」と言われて、それに反対する人は誰もいない。だが、政権にとって不都合な被害者はいなかったことにする。こういうことができるは、条項に、国は「〇〇をしてはいけない」という「禁止」の文言がないからである。
たとえば、「犯罪被害者から情報開示を求められたら、国はそれを拒止してはいけない」という条項があれば、赤木ファイル事件は、国の違憲行為に発展する。
美しことば、見かけのいいことばにこそ、注意しないといけない。憲法は、国(権力)に対する「禁止事項」で成り立っているのだから、そのことばが「わかりにくい」とか、「自然な日本語ではない」としても何ら問題はない。国の「逃げ道」を封じるのが憲法なのだから、ふつうの日本語とは「文体」が違ってくるのは仕方のないことなのである。逆に言えば、ふつうの日本語(ふつうの感覚)に見えることばにこそ、「罠」が仕掛けられている、国民を縛る何かが隠れていると見るべきなのだ。
「赤木ファイル」に戻って言えば、佐川はもっと出世できる人間だったのに、安倍を守って辞職した。「被害者」だ。佐川を守らなければ、さらに安倍が逮捕される、ということが起きる。安倍を「赤木ファイル」の被害者にするな。安倍を守るためなら、自殺した職員、遺族がどうなろうと関係ない、というのが今の政権の姿勢なのだ。国民を守るふりをして、権力と権力の「お友だち」を守ろうとしているにすぎないのだ。
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