星野元一『村、があった』(蝸牛舎、2021年07月01日発行)
星野元一『村、があった』はタイトル通りの詩集である。かつて村があった。村と呼ばれる場があった。しかし、いまは失われてしまった。
村、とはどんな場だったか。
どの詩を引用しようか迷うが、巻頭の「フキノトウ」。
重たい雪の
布団をおしあげ
フキノトウが顔をだしている
私も雪国育ちなので、この風景にはなじみがある。いまは九州に住んでいるので、こういうフキノトウは見たことがないが、子供のときに見たフキノトウはこういう姿である。
フキノトウは
オタマジャクシだ
楽譜の
オヒサマガヤッテクルゾォー
ピッコロのような声をはりあげ
ツクシやスミレたちの目や鼻をひっぱり
スズメノテッポウや
キツネノボタンたちの顎や脇の下をくすぐり
春の便りを
村のポストに入れにいった
「フキノトウは/オタマジャクシだ」に、私は驚いた。そんなふうに思ったことは一度もないからだ。このオタマジャクシが「楽譜」にかわるのも新鮮だ。星野は音を聞いていたのだ。春の歓喜の声を。
この声は、次の連で、またまたびっくりするような変化をみせる。
フキノトウは
チンチンだ
朝の
障子をやぶり
玄関をとび出し
ドコニイルー
イヌフグリやネツケバナたちをばら蒔き
鯉のぼりたちをはらませ
山羊や牛たちのおっぱいをふくらませ
町の方に産婆さんを呼びにいった
いいなあ。チンチンか。そうなのだ、村では、何もかもが許されている。「太陽の季節」なんて、貧弱の極み。イヌフグリ、ネツケバナ。その、声。肉声。はらませる。おっぱい。すべてが自然の輝きに満ちる。その輝きは太陽の反射ではなく、生きているいのちが発する光。
村では、みんな生きている。
フキノトウは
ロケットだ
ハッシャー
おしっこをとばし
冠や首飾りのレンゲソウの海をわたり
学校や役場や山をとびこえ
口を開けた女の子たちや
腰の曲がったばあちゃんたちの笑顔をのせ
道端の田んぼのあたりで墜落してしまった
村に「倫理」とか「道徳」というものがあったとすれば、それは肉体自身が持っている規律である。他人なんか関係ない。そして、肉体ができることというのは、みんな同じ。だから区別も差別もない。
最初のオタマジャクシは「楽譜」だけれど、もちろんオタマジャクシは楽譜だけではない。チンチンはみんなオタマジャクシを持っている。二連目にはスズメノテッポウなんていう草も出てくる。ハッシャはハッポウ。ことばはあっちこっちで呼応している。
しかし、こんな説明なんか、いらないね。
それが「村」という場、「村」という時間だ。
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