高柳誠『フランチェスカのスカート』(14)(書肆山田、2021年06月05日発行)
「泉」。町を潤す水脈。その水は甘い。
人々は、星降る丘に降りそそぐ流星の成分が地中深くに溶けこむか
らこそ、泉は星空のように甘いのだと考えている。また、水の音楽
自体も、もとは満天の星たちが奏でていたものの残響だともいう。
これは、美しい。しかし、このままでは美しすぎて、なにかはかない感じがする。それを高柳は、こう変えていく。
一方、地下に眠る死者の記憶を透過することこそ、甘さの原因だと
信じる人々もいる。結晶化した記憶の成分を含むからこそ、この水
を飲み続けると、死者固有の記憶がしだいに体内に降り積もって、
生きている人のなかで確かな経験に析出してくるのだし、水の音楽
も死者が地中でうたう歌のひそかな反響にほかならないというのだ。
「透過する」「結晶化」という高柳好みのことばが出てくるが、私がなによりも注目するのは書き出しの「一方、」である。
ある存在を一方向から描く。それを、別の「一方」から見つめなおす。それは「鏡」の文体である。鏡の存在によって、実在と鏡像の間で、実在と虚構からあふれだしてくるものがダンスをする。
それが高柳の詩なのである。
一方に夜空の星の音楽がある。それは地上に降り注ぐ。一方、その地中には死者たちの記憶がある。それを人々は飲むことで地上へすくい上げる。これを「降り積もる」ということばで「降りそそぐ」と対照的に描いているも「鏡の文体」である。このとき「鏡」とは星空か、地中か。限定されない。あるいは、ふたつもとが「鏡」になる。そのふたつの「鏡」のあいだで人間が生きる。夜空と地中というふたつの存在を結びつけながら。
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