自民党憲法改正草案再読(15)
第22条は、住居、移転、職業選択について書いている。
(現行憲法)
第22条
1 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
(改憲草案)
第22条(居住、移転及び職業選択等の自由等)
1 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 全て国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を有する。
すでに書いたことだが、憲法の条文は大切なものを先に書き、それを後の条文で補足説明する。つまり補強する。
「住居、移転、職業選択」は、第19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と関係すると同時に、第14条「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と結びつけて読み直す必要がある。
どこに住むか(生まれ育った土地を離れて移転するか)、何を職業とするかが「自由」なのは、どこに住んでいるか、何を職業としているかによって「差別されない」ということである。どこに住んでいるか、どういう職業についているかによって「差別されない」ということが、「平等」ということであり、それを選ぶ「権利」を国民は持っている。
「どこに住むか」は単に「国内」だけを意味しない。外国をも意味する。そして、そのときは「国籍」の問題が絡んでくるが、それを選択するのは国民であって、国ではない。現行憲法では、そのことが明確に「自由を侵されない」と書いているが、改正草案では国への「禁止事項」とは明言していない。「国民は(略)自由を有する」と書いてあるだけで、保障まではしていない。「侵されない」「侵してはならない」と「(権利を)有する」では「主語」が違う。
改憲草案では「公共の福祉に反しない限り」を削除している。これまで読んできた条文では、改憲草案は現行憲法の「公共の福祉に反しない限り」を「公益及び公の秩序に反しない限り」という具合に言いなおしてきた。ここでは、それをしていない。なぜなんだろうか。なぜ「公益及び公の秩序に反しない限り」と言いなおさなかったのか。
深読みすれば、「住居(移転を含む)」をいつでも制限する権利を、国は保留したいのではないのか。国民の、どこに住むかという権利(自由)を制限したいのではないか。もし、そこに「公益及び公の秩序に反しない限り」という文言があれば、制限するに際して、国には説明責任が伴う。ある人があるところに住んでいる。それが、なぜ「公益及び公の秩序」を維持することになるのか、あるいはに反するか。その説明は、むずかしい。特に、その人がその人だけではなく、先祖代々そこに住んでいたとするとき、そこから「立ち退かせる」ための説明はとてもむずかしくなる。いままで「公益及び公の秩序」に反するとは言えなかったのに、なぜ、突然そうなったのか。その説明をする「責任」を回避したい。その意図が隠されていると思う。説明が不十分なとき、国は、国民の「住居の自由」を侵したことになる。
こんなことも考えてみなければならない。東京電力福島原発事故。被災者がどこに住むのか、かつて住んでいた街に帰るのか、別の場所に移転して暮らすのか。そのための環境整備はどうするのか。住む自由は、住まない自由(そこには住みたくない、と主張する自由)でもある。一人一人の「思想(考え方)」を尊重していくとき、いろいろな問題が出てくる。「公益及び公の秩序」という紋がんがあったとき、問題はさらに複雑になる。「公益」「公の秩序」とは何なのかが厳しく問われる。ある地区の住民をそろったまま帰還、あるいは移転させる方が「予算が少なくて住む」「コミュニティーが守られる」というような論理は、国、あるいは東電が出す金が少なくてすむという「利益」にすぎない。それが「公益」であるとは言えない。
「職業の選択」も同じである。「職業選択の自由」には、ある職業を「選ばない自由」も含まれる。「国籍の選択」についても同じことが言える。国が押しつけてくる職業を選ばない。拒否する。日本という「国籍を選ばない自由」(離脱する自由)。「公益及び公の秩序に反しない限り」という文言があれば、国には、その説明責任が生じる。文言がなくても責任があると言えるかもしれないが、文言がなければ「文言がない」を根拠として説明責任を逃れることができる。
「自由を侵されない」を「自由を有する」と書き換えたことと、この条項だけ「公益及び公の秩序に反しない限り」を用いなかったことについては、慎重に考えてみる必要があると思う。(ここから逆に、改憲草案が「公益及び公の秩序に反しない限り」を持ちだすとき、何をしたいか、国にどんな特権を与えたいのかを考えることもできると思う。)
(現行憲法)
第23条
学問の自由は、これを保障する。
(改憲草案)
第23条(学問の自由)
学問の自由は、保障する。
何回か指摘してきた「これを」というテーマの提示が、ここでも削除されている。
「学問」は宗教、表現、職業などの「基礎」である。それは実際に働いてみたりすると、学校で勉強してきたことが実際の労働にはあまり役立たないなあという思いで跳ね返ってくることがある。学問は職業(労働)の基礎なのに、こんなに役立たないのなら(勉強したことと関係がないのなら)、勉強なんかしなくてもいいのじゃないのかな、という想いにつながったりする。でも、それは「学問の自由」が大切であるということとは別問題である。
学問とは、まず、「批判」である。「学校で勉強してきたことは、実社会ではあまり役立たない」というのも「批判」かもしれないが、それは「批判」というよりも「反省」に組み入れるべきことである。自分は、実社会での労働のことを気にかけずに勉強してきたなあ、という反省として、自分の内に抱え込んで、自分をどうするかの問題である。「学問」の「批判」とは、違うものである。
ある論理(理論)がある。それが正しいかどうか、それを発展させるとどういうことが考えられるか。つまりある対象にに対する「思考」が「学問」であり、それは常に、前に確立された「学問」の「批判」から始まる。「天動説」への批判が「地動説」である。「ニュートン物理学」への批判のひとつがアインシュタインの「相対性原理」である。
そういうむずかしいことだけではなく、たとえば、政府の政策のここがおかしい、という「批判」もやはり「学問」なのである。「批判」するとき、その批判を論理づける「根拠」が必要である。「根拠(基礎)」から始まって、すでにあるものを「批判」していくのは「学問」なのである。あらゆる「思想」のことば、「表現」のことばも、「学問」がなければ発展していかない。十分な基礎が必要である。
「学問の自由」は「批判の自由」である、と読み替えるとき、菅の学術会議委員候補6人の任命拒否の意味がはっきりする。「学術会議」は「学者の団体」「学問をする人たちの団体」、言いなおせば「批判する人たちの団体」なのである。批判するのがあたりまえというか、批判しなければ成立しないのが「学問」なのに、菅は「批判を許さない」を前面に出して6人の任命を拒否した。「批判を許さない」と言っていない(前面に出していない)と菅は言うかもしれないが、それ以外に「学問(学者)」を拒否する理由はない。もし、「学問(学説)」が間違っているというのなら、それを「批判」の形で「学問」にしないといけない。菅は、そういうことをしていない。「学問」そのもの、つまり学問が批判であるということを拒否している。
「学問」を批判できるのは「学問」だけである。そして、「学問」の分野は限りなく広い。どこからでも「批判」ができるのが「学問」である。
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