詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小川三郎「冬」「蝶」「夕方」

2022-03-02 13:57:15 | 詩(雑誌・同人誌)

小川三郎「冬」「蝶」「夕方」(「Down Beat」19、2022年02月14日発行)

 小川三郎「冬」の全行。

冬はどんどん枯れていって
枯葉一枚になってしまった。
今年は春がやってこないで
冬ですべてが
終わってしまった。

山も川も枯れきって
空もすっかり
枯れてしまって
そんな景色の中にいるのに
私の心は
どきどきしていた。

 この詩を読んで、私が思ったことはひとつ。
 最終行「どきどき」をどう言いなおすことができるか。
 私は、朝日カルチャー講座で、受講生と一緒に詩を読んでいる。そのとき、こういう質問をときどきする。
 「どきどき」ということばは、誰でもがつかう。つかったことがないひとは、たぶん、いない。おそらく小学一年生でも「どきどき」を理解できる。
 でも、これを「他のことばで言いなおして」と言ったとき、即座に別のことばで言えるひとはいない。

 いろいろ考える。
 だから、質問も形をかえる。小川は「私の心は/どきどきしていた。」と書いているけれど、「どきどきする」のは何?
 これは架空の質問であって、いま、私の目の前に受講生はいない。
 きっと「心臓」という答えがかえってくる。
 「心臓」と「心」っておなじ? なぜ、「心臓」に「心」があると思う?

 こんなことは、答えられないね。答える必要もないのかもしれない。ときどき、心臓が「どきどき」する。どうしていいか、わからないときだ。自分が自分ではなくなるような感じ。自分がほんとうの自分になる感じ? 誰かに対して「好き(愛してる)」と言うとき、言う前の「どきどき」というのは、次に何がおきるかわからないから。
 この「期待」に似た「どきどき」だろうか。
 あるいは、高いビルの上から地上を見下ろしたとき「どきどき」。これは、告白するときの「どきどき」とは違うねえ。
 小川の書いているのは、どっちの「どきどき」と思う?

 さらに。
 小川は「そんな景色の中にいるのに」と書いている。つまり、この「どきどき」は小川にとっては、ある意味で「予想外」のこと。愛を告白する前に「どきどき」した。ビルの屋上で下を見たら「どきどき」した。これは、ごく自然。
 愛の告白をするのでもないのに「どきどき」した。温かい部屋の中から外を見ていたのに「どきどき」した。これは、少し変。「……のに」というのは、予想とは違うときにつかうことば。
 では、小川は、どんなときなら「どきどき」するのが普通(予想通り)と考えているのだろうか。
 土の中から植物が芽を出してくる。するすると茎が伸びる。葉がひろがり、蕾ができて、花が開こうとしている。どんな花だろう。それを見るときは「どきどき」するかもしれない。
 たぶんね。
 でも、小川は逆。「枯れて」なにもない。いや、「枯れた」ものだけがある。そのとき「どきどき」と感じている。

 これ、思い出せるかなあ? そういう瞬間ってあったかなあ。

 「枯れた」ものだけがある。それは何も「ない」ということ? 動き出すものが何も「ない」。
 そうすると、そこにあるのは、何? 「ない」を認識している意識。でも、小川は、それを「意識」ではなく「心」と呼んで、何もないことを知って、「心」だけがあると感じて「どきどき」したのかもしれない。
 「無」に「どきどき」した。「無」を発見して「どきどき」した。

 と、書いてしまうと、突然、つまらくなる。
 だから、ここまで書いてはいけない。
 いつでも「結論」はつまらない。
 受講生に対して「どきどき」を自分のことばで言いなおして、と意地悪な質問をしているときが、一番楽しい。
 その「楽しさ」のために、詩はある。

 私は、いま書いた「無を発見してどきどきする」という答えを叩き壊すために、もうひとつの詩を、全行引用する。「蝶」。

蝶が花を蹴りあげる。

そして別の花にとまる。

花弁に頬をおしつける。

その様子を
また別の花が見ている。

蝶は花に顔を突っ込み
何もないのかもしれない
と思っている。

その様子を
また別の蝶が見ている。

 この詩では、私は「そして」「その」「また」を別のことばで言いなおせる?と質問したい。
 もう一篇も引用しよう。「夕方」。

夕方
ひとに混じって
家に帰る。

初めて見るものが
ひとつもないという
変のない暮しを望んだ。

夕方は
ぜんぶが黒く
塗りつぶされる。

昨日は
繰り返されることなく
昨日はただ
降り積もっていく。

 三篇つづけて読むと「ない」が共通のことばとして書かれていることに気づく。
 でも、こんな具合に「共通項」を探してしまっては、おもしろくない。
 この詩では、私は、最終連の「ただ」をどう言いなおせる?と受講生に質問したくなる。
 誰もが知っていることば。そして、誰もがつかっていることば。知っていることばなのに、自分のことばでは言いなおせないことばがある。そこに、書いた人がいる。小川がいる。それに出会う楽しさ。

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ウクライナとロシア、どう読むか(2)

2022-03-02 10:53:06 |  自民党改憲草案再読

 ウクライナとロシア、どう読むか(2)

 2022年03月02日の読売新聞(西部版・14版、ただし記事はネットから転写)の1面に、

露パイプライン破産手続き/天然ガス 事業会社が検討/ロイター報道

 という記事がある。

 【ロンドン=池田晋一】ロイター通信は1日、ロシアとドイツをバルト海経由で結ぶ天然ガスパイプライン「ノルトストリーム2」の事業会社が破産手続きの検討に入ったと報じた。パイプラインの建設は2021年に完了したものの、ロシアによるウクライナ東部の親露派支配地域の独立承認を受けてドイツが2月22日に計画凍結を決めたことで、稼働のめどが立たなくなっていた。(略)ルトストリーム2を巡っては、米国が2月23日に事業会社への金融制裁を発表し、英シェルは28日、事業撤退を表明した。

 これに先立ち、03月01日の夕刊では「サハリン2 英社撤退/日本の商社も参画」という見出しで、こう書いている。

 【ロンドン=池田晋一】英石油大手のシェル(旧ロイヤル・ダッチ・シェル)は28日、ロシア極東サハリンの天然ガス事業「サハリン2」から撤退する方針を発表した。ロシアのウクライナ侵攻で事業継続は難しいと判断した。日本の大手商社も参画する大規模プロジェクトで、日本企業側の対応が注目される。

 こういう流れを受けて、03月02日の2面には「日本むずかしい対応」という見出しで、こういうことを書いている。

 サハリン2は、露国営ガス会社ガスプロムが約50%、シェルが約27・5%、三井物産が12・5%、三菱商事が10%をそれぞれ出資している。日本企業の参加は、サハリン2からの液化天然ガス(LNG)調達が、資源の乏しい日本の悲願だったことを示す。(略)
 サハリン2のLNG生産能力は年約1000万トンで、約6割が日本向けだ。計算上はLNG輸入の7%程度を占めることになる。東京電力ホールディングスと中部電力による発電会社JERAや東京ガスなどエネルギー企業が調達している。
 日本の商社が確保する権益分がなくなれば、日本への供給が将来的に不安定になりかねない。三井物産と三菱商事はいずれも「シェルの発表の内容を含めて詳細を分析の上、日本政府及び関係ステークホルダーと今後の対応について検討を進めたい」とコメントした。

 日本は、簡単に「天然ガス事業から撤退」という方針を打ち出せない。日本も天然ガスが不足するのは予測できるのに、日本はヨーロッパへの天然ガス融通を決めている。
 どうして?
 ここから推測できるのは、きのう書いたことのつづきになるが、今回のウクライナ、ロシアの問題は「武力」(ロシアがNATOに恐怖を感じている)だけが原因ではないというこだ。
 ロシアは天然ガスの輸出を通じてヨーロッパと強いつながりを持っている。経済連携がある。金が動いている。「ノルトストリーム2」が稼働し始めれば、さらにこの関係は強くなる。なんといっても天然ガスはエネルギーである。それがないと生活が成り立たない。
 もし、ロシアとヨーロッパの「経済関係」が強くなれば、アメリカはどうなるか。相対的に弱くなる。アメリカの金儲けがうまくいかなくなる。それをなんとしても防ぎたい。ヨーロッパ各国とロシアの関係を断ち切りたい、というのがアメリカの狙いだろう。
 そして、この「狙い」は、メルケルがドイツの首相を辞めたこととも連動しているように思えてならない。論理的なメルケルがドイツ首相でいる限り、メルケルはノルトストリーム2を優先し(国民生活、ヨーロッパの安定を考慮し)、政策を考えるだろう。アメリカの金儲け主義者にとっては、メルケルという「重し」がとれたことが、一つの「転機」なのだ。これで、アメリカ主導で「アメリカ資本主義(アメリカの金儲け優先)」を遂行できる、というわけだ。
 読売新聞は明確には書いていないが、日本の企業(政府)の対応を比較すれば、このあたりの事情がわかる。
 アメリカ追随一方の、安倍傀儡・岸田政権が、なぜ日本の企業に「サハリン2から撤退しろ」と迫れないのか。日本の企業はなぜ「サハリン2から撤退」という方針を、他国の企業に先立って打ち出せなかったのか。逆に、ヨーロッパに天然ガスを融通するという方針を取らざるを得なかったのか。
 アメリカ資本主義は日本の経済(日本とロシアの経済連携)など気にしていないのだ。北方領土問題に知らん顔をしていることを見るだけでも、それがわかる。日本の経済は、もう完全に「落ち目」。そういうところを相手にしていても金儲けはできない。ヨーロッパの市場を守ることが最優先、ということだろう。(日本とロシアとの経済関係は、天然ガス、石油に限定されるとアメリカ資本主義は見ているということである。)
 これは、逆の見方をすれば(繰り返すことになるが)、アメリカが「ヨーロッパではロシアに金儲けをさせない、ヨーロッパとロシアが金儲けで連携することを許さない」ということなのだ。なんとしても、ヨーロッパでの金儲けをしたいということなのだ。
 2面には、こういう「作文」もある。

 原油を生産する「サハリン1」は政府や伊藤忠商事をはじめ日本の関与がさらに強く、今後の対応が注目される。先進7か国(G7)などからの圧力が強まれば、いずれも関係の見直しを迫られる可能性がある。
 
 この「可能性」に気がついたのは誰か。きっと書いた記者ではない。政府関係者の誰かが、記者に、「今後、日本はむずかしい選択を迫られる。困ったなあ」ともらしたのである。それで記事を書いたのだ。いまごろこんなことを書くのなら、ウクライナ危機が迫った段階で、日本とロシアの「経済関係」に踏み込んだ「予測」を書いておくべきなのだ。(書いたのかもしれないが、私は読んでいない。)
 もし、そういうことにほんとうに気づいているならば、日本の企業と日本のエネルギーに直結したきのうのニュース、「サハリン2 英社撤退/日本の商社も参画」こそ1面で報じなければならない。そういうことに、ぜんぜん気づかずに、誰かが選んだニュースをそのまま垂れ流している。
 ウクライナとロシアの問題を、日本から遠く離れた「領土問題(安全保障問題)」ととらえ、「経済」(とくに日本の経済)を考慮できないところに、重大な「視点の欠如」がある。
 世界はアメリカの「資本主義」に完全に支配されており、そこから逃れられなくなっている。「アメリカ資本主義」は、人間の思考にまでマヒさせている。

 いま問題になっているのは、巨大な金が動くエネルギー産業だが、これから「農業(食糧)」の問題がじわじわとクローズアップされてくるだろう。ウクライナはヨーロッパの穀倉地帯である。小麦をはじめ、シリアル関係の穀物をウクライナから輸入している国は多いはずだ。(私は、スペインの友人と話したが、友人は即座に「スペインはウクライナからシリアルを輸入している」と言った。)食糧の基本である穀物が不足し、値上がりすれば、一般市民の受ける影響は大きい。これもアメリカの農業にとっては、ヨーロッパへの輸出の機会が増える。金儲けにつながるということかもしれない。
 ロシアの「ウクライナ侵攻」に対して、キューバ、ベネズエラは「支持」しているが、これはアメリカの経済政策に反対という意味合いがあるかもしれない。キューバ、ベネズエラはアメリカの経済制裁のために困窮している。ベネズエラは石油大国である。ほんらいなら、ゆうゆうとした経済が可能なはずなのに困窮している。アメリカの指示に従わない国は貧乏にさせてしまう。金儲けはアメリカが優先されるべきだという思想が、アメリカの金持ちの間で横行しているのだろう。
 私はロシアの武力行使、ウクライナ侵攻(戦争)を支持しないが、同時に、アメリカの資本主義のあり方も支持しない。金持ちだけが金儲けをし、幸せになればいい。金儲けをできないのは「自己責任」だという風潮は、日本では正規社員を減らし、非正規社員を増やすという形で具体化されたが、このシステムが形を変えながら世界を支配していく。私には、そういうふうに見えて仕方がない。

 

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