古根真知子『皿に盛る』(私家版、2022年03月01日発行)
古根真知子『皿に盛る』は簡潔で美しい詩集だ。
「風」。
47ページまで戻る
「白い綿くずはひつじ」
と書いてある5行目まで
戻る
1ページ1ページめくりながら
戻る
ひつじは
いつだって殺される
ページをめくる
時間をめくる
吹きいそぐ風が
5ページも一気にめくって
本が
落ちた
ひつじは
いつだって殺される
「47ページまで戻る」と突然始まり、「ひつじは/いつだって殺される」と突然終わる。本のタイトルも、本の内容も、わからない。本のなかではひつじが殺される、のかもしれない。
わかるのは、ひつじのことを思うとき、「白い綿くずはひつじ」ということばがあったということを思い出し、そのことばを探しているということだけだ。それは57ページに書いてある。それを確かめた。
しかし、それを「過去形」ではなく、現在形で書いている。探しながら、戻る。この「戻る」は「逆向きに動く」ということである。しかし、単に「逆向きに動く」のではなく、そのとき、そのページを「読み進んだ」ということを思い出しながら動いている。
古根の書いている「戻る」にはふたつの方向が組み合わさっている。47ページと、ひつじが殺される何ページかわからないところを、意識は何度も往復している。
その往復を象徴するように(あるいは証明するように)「ひつじは/いつだって殺される」ということばがくりかえされる。反復させられる。
この「反復」を古根は「時間をめくる」とも言い換えている。
「時間をめくる」は、それだけではなかなかつかみにくいイメージである。しかし、その直前に「ページをめくる」がある。ここには書かれていないが、「ページをめくる」と「時間をめくる」のあいだには、無意識の「ように」がある。ページをめくる「ように」時間をめくる。
そして、そのとき「時間」は、物理的な時間(時計の時間)のように規則正しくはない。「1ページ1ページめくりながら」はあるときは「5ページも一気にめくって」しまう。何が書いてあるか、わかる部分(ここには「白い綿くずはひつじ」ということばは書いてないとわかる部分)は、一気に読みとばす。
ていねいでありながら、ていねいでもない。
この緩急がそのまま書かれている。
このリズムは、とてもいい。
古根の読んでいる本が何かわからないが、私もそういう読み方をしたことがある、ということをはっきりと思い出すことができる。何かを求めて「くりかえす」。「戻る」と同時に「進む」。「戻る」のは、さらに強く前へ「進む」ためなのだ。何かを確認すれば、何かがより明確になる。
ここには、そういう「時間」が書かれている。
タイトルが「風」なのもいいなあ。
古根は、何かを「くりかえす」ことで、その「くりかえし」のなかにある、ことばにならないものを浮かびあがらせようとしている。「秋空」からもそういう「哲学」が感じられる。
カラスが
3回ないた
透きとおった耳が
きいた
名前のわからない樹の
数えきれない枝の
どこかにとまって
カラスが
3回ないた
数えきれない人たちの
だれかが
透きとおった耳で
3回
きいた
カラスも
私も
だれかも
3回
きいた
同じことばがくりかえされる。しかし、それは表面的に「同じことば」ではあっても、何かしら「意味/ニュアンス」が違う。この違いをことばにすることはむずかしい。だから、古根はことばにはしていない。ことばにできないことは、ことばにしないままにしておく。そのことばにできないものを、ことばの「くりかえし」のなかにとじこめて、結晶させる。
それは「見えない」。古根のことばでいえば「透きとおって」いる。そした「名前」がまだない。あるのかもしれないが「わからない」。
古根は、「わからない」ことを「わからない」まま書くことを知っている。それが何か、それが誰か「わからない」けれど、それが「ある」ということは、わかる。「わかっている」カラス、わかっている「3回ないた」のあいだに、その「わからない」が「ある」。
「音」も引用する。
窓をあけると
雨の音が
はいってきた
地上におちた
ひとつぶひとつぶの
音
無数の
透明なつぶの
音
雨の音
耳おくには
すでに
音が
ひそんでいて
あおいトタン屋根
花がらの傘
あかい長靴
水たまり
ながれる音
うつ音
はねる音
雨の音
低く
弱く
無数の
透明なつぶ
雨の
ふる音
ここでもいくつかのことばがくりかえされる。
そのこととは別に、ここには大事なことが書かれている。「音」は古根の「肉体」の外にある。雨粒が何かにぶつかって「音」をたてる。それは「ながれる音」にもかわっていく。「音」はここでは「低く/弱く」と書かれているが、ほかの音もたてるだろう。しかし、それは古根の「外」にだけあるのではない。
耳おくには
すでに
音が
ひそんでいて
「耳」(肉体)の「おく」に、「すでに」「ひそんで」いる。すでに「ある」。「肉体」の奥に「ある」ものを、「肉体」になっているものを古根は聞くのである。雨の音が、古根の「肉体」になってしまって、「肉体」の奥にあるものを刺戟し、目覚めさせるのである。
ふってきた「雨の音」によって、古根の「肉体のなかの音」が目覚め、動き出す。そして、ことばになる。ここにも「くりかえし」がある。反復なのだけれど、単なる反復ではない。
戻っていって、さらに前へ進む。
この動きが「詩」なのだ。
「雨の音」がそうであるように、「ひつじ」も「カラス」も古根ではない。古根の「肉体」の外にある、個別のもの。しかし、それが古根の「肉体」になってしまっている「記憶」のようなものを刺戟し、古根を揺り動かす。どこへ動いていくのか。その動きがどれくらいの「大きさ(あるいは小ささ)」なのかわからない。もしかすると、ささいなことかもしれないし、とんでもないおときなことにつながるのかもしれない。それは動いてみないとわからない。
答えをもとめず、ただ、その「動き」を壊さないように、大事に、ことばにしている。 とてもいい詩集である。
詩集の奥付には、発行所(古根の住所?)も記載されていない。表紙デザインの担当者、印刷所、製本所の名前は書かれているが、ほかの「情報」はない。いったい何人の手にこの詩集が届くのかわからないが、多くの人に読んでもらいたい。と、書きながら、私は郵便で受け取ったこの詩集の著者、古根の住所も、すでに知らない。封筒を開いた後、封筒を捨ててしまった。
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