風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

3月のSAVE THE CHILDREN

2006年03月02日 | チンゲル亭
お手玉 ひな祭りの歌にあわせて               出来上がったャXター

                授業風景


 3月になった教室、会話の授業の後は、先週に引き続き「うれしい ひな祭り」の歌唱指導と歌いながらのお手玉遊び。
たった一人の男の子が、お手玉を恥ずかしそうに操っていたのが印象的
みんな、器用な子、ブキッチョな子いろいろ。

今日の、授業は、「時間」
気がついたら、急に鸚鵡返しが上手になった子がいる。
耳の壁が取れたみたい。
「いち」と「しち」の発音を何度も繰り返しました。
そして、「へ」が「ひぇ」にならないように。

ャXターには、苦肉の策の「貞子の会」が毎年開く千羽鶴を日本に送る催しのカラーの新聞記事も貼られていました。
名実共に、日本語と折り紙の教室になったというわけです。



コメント

あー、良かった。

2006年03月02日 | チンゲル亭裏日記

母の思い違いだったことが、今、分かりました。
良かった、良かった。

この10日間、母が一人でどんな思いをしたか思うだけで胸が痛くなります。
母を一人にしておけないことを、さらに強く感じたことでした。

今まで、避けてきたこのことを夫とじっくり話が出来るといいなと思います。
さて、安心の余り、また、先延ばしにしてしまいそうな夫の感情もよく分かりますが、モンゴルという遠いところにいる私たちには、必要なことです。

今年は、800年の記念イベントがあって、観光客が殺到するのではないかと思われますが、そのために、こちらに住む私たちが、いざというときにチケットが取れない可能性があると思うと、焦りを感じます。

とりあえず、良かったねと喜んで、一息つきます。
それから、柔軟頭にして考えましょう。
コメント

2006年03月02日 | チンゲル亭裏日記

夫の母の体調がすぐれないようです。
2002年の夫のモンゴル滞在から、長い長い間首を長くして、夫の帰国を待っている母が、もう直ぐ帰ると思っていたようです。
任期は来年の4月までなのを今年の4月と勘違いしていたようです。

それまでは、何としても元気でいて欲しいと思います。
任期半ばで帰国することは、夫も母も望まないことです。
ただし、私が帰国することは、いつでも出来ることです。

私の母の介護を黙って見続けていてくれた母へのせめてもの、恩返しは、そばにいて欲しいと母が思ったときにそばにいてあげると言うことしかありません。
果たして、母が私にそばにいて欲しいと思ってくれるでしょうか。
今は、そんなことをいっている場合ではありません。
一人で母のところへ帰る心の準備を始めました。
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