風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

オルティンドーのおけいこ

2004年04月21日 | チンゲル亭過去日記

先生の都合で、急遽昨日のはずが今日に変更。
突然、先生の営業が入ることがあって、直前に変更されることが何度かあります。
そんなときでも、「昨日はどうも・・・・あれこれ、どうこう」という挨拶は無くて、いつもと変わりない練習開始です。
昨日は、昨日、今日は今日。

そんなことにも慣れてしまって、なるようになる、ならないことはならないと風任せの生活を楽しんでいる自分を発見しています。

道路の横断も、慣れとは浮「もので、車の直前直後、今までだったら、見送っていた車の前をすいすいと横断する。外国人には運転手も少しは配慮が働くようですし、もう、2度も横断歩道で、車が歩行者(私)優先にしてくれたことを経験したのです!
モンゴル人の花ちゃんの方が浮ェっていたりする。
「今日の、第一声は、
横断 慣れましたね!

でした。

タクシーに乗るのにもなれ、運転手の言う料金も、だいぶ、聞き取れるようになって来ました。
これくらい走ったら、この値段と言う予想も加わって、お札の出し方も早くなってきたし。運転手が浮ュなくなってきたし。

接客と言う面では、高級ホテルやレストラン以外はほとんど配慮が無いので、ぶっきらぼうな応対をされると、叱られているかのような気分になる。

それにも、慣れてどちらかと言うと、外人に対して恥ずかしがっている人もいると言うことにきがつきました。何の悪気もないのです。
そういえば、最近、料金を渡すと、「バイッルラー」(ありがとう)と言う人も増えてきたような。

そうかと思うと、言葉が理解できないとわかっても、手を変ええ品を変えて、何とか会話をしようとがんばる運転手もいて、なかなか、楽しめるときもある。

暖かくなってきたのに伴って、モンゴルの人たちと少しずつなじんできて、言葉ができなくても、何とかなってきているようで、縮んでいた気持ちがすこし伸びをしてきたようです。

ゲストに行って、モンゴルの若者達に好意的に迎えられたのも、力になっているのでしょう
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日本語科ゲスト顛末

2004年04月20日 | チンゲル亭過去日記
忘れ物をとりに日本語科の先生の部屋に行きました。
ちょうど、今日が誕生日の先生がいて、テーブルの上にはデコレーションケーキがおいてありました。

飛び入りにもかかわらず、ケーキとお茶を頂き、忘れ物のマイカップにはなみなみと赤ワインが注がれました。
ケーキに目のない私は、ちゃんとおめでとうと言ったか言わないうちにケーキをパクリ。

スャ塔Wは、初めてスャ塔Wを焼いたときのような膨らみ具合と、キメの細かさ(粗さ)ですが、これがおいしいのです。
(大阪の母さんちで頂くシフォンとはえらい違いなんやけどね・・・)

ワインでほぐされたきもちのままに、今、受け取ったばかりの3年生からのお礼の手紙を読み、手放しで喜び、ついでに、集めているモンゴルのことわざも
一つゲットしました。
ワインのせいで忘れてはいけないと、しっかりメモをさせてもらいましたので、早速ことわざのページに追加いたします。

少し赤くなった顔を、運良く今日から、着用をはじめた帽子とサングラスで隠しながら、帰宅しました。
うれしすぎて、ワインを飲みすぎ(といっても私の場合、100ccほどで顔に出ます。)

お礼の手紙のうれしかった言葉
 楽しかったので時間も忘れてしまいました
 ○○さんの明るくて、優しいことを忘れません
 また、お会いしたいです
 おおきな、おおきな花丸
こんなに感謝されて、うれしいなぁ。
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白いチンゲル亭

2004年04月19日 | チンゲル亭過去日記

そろそろ、チンゲル亭の表紙の写真を、春らしいのに取り替えなくてはと思っていたのですが、今朝、雪が降りました。
去年、始めてモンゴルに来て1週間滞在したとき、4月26日と27日に一泊でテレルジに馬に乗りに行きました。
その二日間は、暖かく27日の日曜日は、ワークシャツと少々厚手のウインドブレーカーで馬に乗っていると汗が出てくるくらいで、若者達は半そでになったくらいでした。
そして、UBに帰ってきて翌月曜日の朝、カーテンを開けると外は真っ白に雪を被っていました。

その光景と同じ様子が目の前に現れました。
昨日も、暖かく、Tシャツに薄手のジャケットで、コンサートに出かけてちょうど良いくらいでした。
外を歩く人は、私たちのように軽いジャケット姿の人も、厚手のウールの長いコートの人、皮のコートを着ている人、若い人は、短いジャケットのすそから素肌が覗いている人、さまざまな格好をしていました。

今朝は、雪といっても、室外温度計はプラス5度を示しています。
出勤する9時には、ほとんど雪は上がっていたのですが、夫には念のため帽子をかぶるようにお願いしました。

頭を冷やして、急に暖房の効いた部屋に入ると、一瞬くらくらしてたおれそうになった経験があったから、今からが気をつける時と思ったからです。

毛皮の帽子
モンゴル人の知り合いから、毛糸の帽子ではなくて、毛皮の帽子をかぶりなさいと何度も忠告されたのですが、夫は、毛皮の帽子は権威の象徴とはじめに認識したため、ずっと拒絶していたのです。

帽子は年齢と年収とを表すものでもありますが、年齢を重ねて、体力の衰えとともに脳を冷やすことが危険であるということの意味も十分に入っていることを認識しなかったからです。

体を大切にするためにと言う意味があることを認識したときは、もう、随分暖かくなり、もう今年の冬は日本に帰国しているのだから、必要はないと判断して、お気に入りのカシミアの帽子の愛用を続けたのです。

私もこのところ帽子を忘れていたのですが、ご年配の婦人が今の季節はベレー帽を被っているので、これなら室内でも脱がなくてよさそうなので、似合う色のベレーを探そうと思います。
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今日もまたコンサート

2004年04月19日 | チンゲル亭過去日記

仕事の同僚から、コンサートの情報を頂いた。その連絡を待っていたら、今日5時からのコンサートについて、今日の昼過ぎにやっと電話が入る。

4時半に、会場にチケットを持っていくからとのこと。
しかも、あったこともない弟さんがわたしてくれると言う。

夫は、報告書の期限が迫っているのだが、おとついのコンサートに同伴できなかったことをすまなく思っている上に、今日のコンサートは同僚からのお勧めなので、断ることができなかったようだ。

このところ夫はモンゴル人に気を使いすぎていると思う。
?@ 新札を極力出さない。
?A 大学の入り口の随分手前でタクシーを降りる。
?B モンゴル人と一緒のときに高額の買い物をするなと言う。
日本人として、偉そうにしたくないというのである。うーーん。
これって、かえって失礼になるんじゃないかなぁ。

さて、話がそれてしまったが。

オペラ座の前で、チケットを受け取ってはじめて、モンゴル衣装の女性が主役の演奏会で、それはどうやら、ことの演奏会と言うことが分かった。
歌は無くて演奏だけと聞いていたのであるが、初めて聞いたときはロックだと言う噂もあったのだけれど、珍しく、新聞のようなものが置いてあって、今日の演奏の説明が書いてあった。

モンゴリアン・フォークソングと言う記述がある。
はぁーなるほど、それが開演15分前。でも、今回も花束を持った人がちらほら。
あら、16日に始めて顔を知ったジャンツノロウが、奥さんらしき人と席に着いた。どうやら、その列は音楽関係者の列のようだ。
白人の顔もたくさんあった。クラシックのときと違って、二階席まで、満員。

やがて、オーケストラと彼女の琴の演奏に引き込まれていく。ジャンツノロウの作曲が多いようで、自然を思わせる曲が一杯。
オーケストラと一緒に演奏してもちっとも迫力に負けることはない。
日本の琴とほとんど違わない形をしていても、力強く強烈なエネルギーを感じる演奏でした。

さいごの演奏には、驚いた、琴と馬頭琴のコントラバス版とホーミーと驚く無かれ、マイクをつかったリズムを何と言うのかわからないけれどの合奏だった。

たくさんの花束と、額に入った賞状のようなものの授与が行われ、ピンバッジのようなものが彼女の衣装の胸に付けられた。
何かの功績をたたえられているようだ。

彼女はすごい人なんだ!
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イラクの人質が帰国

2004年04月18日 | チンゲル亭過去日記

平和ボケしていた日本では、こんなに熱心にニュースをみたことがない。
モンゴルにいて、飛び込んできたニュースの、ボランティア、18才、女性、NGOということばに強く反応をしめしている。

UBにも、たくさんのひとたちがボランティアで、活躍している。
彼らは、大変な熱意を持って、自身の専門の仕事に携わっています。
さまざまな困難な中を、悩み、考えながら、日本人とは違った反応に驚いたり、憤慨したりしながら任期を脱落することなく、取り組んでいるのです。

彼ら、彼女らの活躍ぶりをつぶさに報告したいと思いました。
当事者ではないが、一番近くにいる近所のおばさんのおしゃべりという一番おもしろく、私の立場だからできるという形で紹介したかったのだけれど。
いろいろと難しい面があって、HPに乗せるのは見送りました。

UBも、数年前と違って、生活するのには、かなり便利になってきているそうです。特に、野菜は国内で作るところもだんだんに増えてきているし、中国から大量に入ってきています。
それまでは、夏に冷凍したり、乾燥したりして緑のものを冬に備えることをやっていたそうです。
今は、ザハや、スパーにほうれん草、ねぎ、大根、たまねぎ、ジャガイモ、にんじん、カブ、赤カブ、なす、ピーマン、トマト、豆もやし、にら、香草、白菜、キャベツ、などがあります。

日本の味を出すために、まだ、見つけてないものは、味噌(韓国製のみそはある)、しょうゆ、上白糖(グラニュー糖はいっぱいある)、日本酒、だしの素。
日本酒は、お好きな方にとっては、垂涎の的である。

食べ物一つをとっても、困難な状態なのであるので、家族として強力に守られた環境にいる私と違って、最前線で仕事をする立場の夫やその同僚や若者達は、さぞ、大変なことだろう。

それを思うと、大きい組織のバックが無いままで、海外で活動をしようと考える人の勇気と熱意は、すごいものだと感心します。
政状不安にある国であればあるほど、たくさんの手助けしたいことが確かにあるだろうけれど、熱意だけではやりきれないこと困難があって、大きな配慮が必要だと思う。

彼ら3人は、大きな挫折感を味わうことになるのだろうか、叱責も受けることだろう、自分が大事にしていたことを、忘れたいと思ってしまうだろうか。
心身ともにゆっくり休めてください。
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コンサート

2004年04月18日 | チンゲル亭過去日記
16日のコンサートは、予想以上に楽しいものでした。
ジャンツノロウの姿も初めて見たし、CDで聞いていた曲以外のおもしろい曲を聞くことができたし、大満足でした。
客席も満員で、みな熱狂的に拍手をしていました。

馬頭琴とコーラスの声が良く調和して、時々ホーミーの声が楽器のパートのように発せられ、まるで草原にいるような心地好い感じでした。

また、オルティンドーの女性のソロも加わって、モンゴル独自の曲を彼が目指しているらしいことが良く分かります。
男性のソロ歌手は、日本人のような顔をしながら、とても深い声を出す人で、食べ物が違うとこんな声が出るのかなぁと思いました。

モンゴルでは、プログラムやパンフが無いので、演奏の前や後に長い演説のような話が本人からされます。
その話が十分理解できなくて残念だったのですが、時々笑いを交え観客と一体化しているのを感じました。

とてもいい演奏会でした

昨日、日本語科の指導をしている日本人の先生に学校の外でお会いしました。
学校にいるときは、忙しくなさっていてゆっくり話もできず、ゲストをさせていただいたことの学生の感想など、お聞きすることがやっとできました。

先生自身も、学生もとても喜んでくださったと言うことで、ホット胸をなでおろしました。
日本人の生の話を聞くのはほとんどの学生が始めての事で、楽しみながら大変刺激になりました、とのことで、微力ながらもお役に立てたということがとてもうれしかったです。
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書けども書けども

2004年04月17日 | チンゲル亭過去日記

ネットが繫がらなくて、これもうけつけられるやら・・・
下書きをしないで直接書き込んでいるので、すべて書いたものは消えてしまった。
はぁーーーー

これが繫がっても、書き込みはあすにします。
疲れたー。
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父親のぼやき

2004年04月16日 | チンゲル亭過去日記

夫は娘からの電話をうけた。
うれしくて、「元気?」といったら、「お母さんに代わって」と返事がきたそうな。
「はいはいと言って代わったのはいいが、せめて、「元気よ」とだけでも答えて欲しかった。と、ぼやいていた。

出張にいっても、娘が海外に行ったときも、自分から決して電話やメールをしなかった夫である。
ニューヨークのテロのとき海外にいた娘に、初めて、娘にメールをしたくらいなのである。そして、それが一回きり。

「父親の思いをつたえなさい」とずっと、ずっと言い続けてきたのに、どれほど娘を愛し心配しているかを、「心にたたんだままではいけないよ」と、何度言ったことか。

NHKの朝の連ドラの天花の父親のように、自分から「娘を溺愛しています。」とまでは行かないまでも、たまには、娘のことで感情をむき出しにしてもいいのではないかと、思ってしまう。

思いを表現しなければ、その思いは無いのと等しいのに、娘たちは、父の自分たちへの思いを十分に汲み取っているのは、母親ながらたいしたものだと感心するのである。
それは、父の思いがあふれるほどであるからか、娘の想像力がすごいのか。どっちだろう?

夫の父としてちょっと淋しかった思いが、今度はどのように娘達に対して様子が変わるのか楽しみ。

自分のしたことは10倍になって帰ってくる

と、私は、意地悪く言ってやったのだが・・・・・
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美しい日本語

2004年04月15日 | チンゲル亭過去日記

今日で、日本語科のゲスト終了。
最後の授業で、とても美しい言葉を話す女子学生に出会いました。
モンゴルの自然について、語ってくれたのですが、流れるような言葉が一杯使われていて、日本語って美しいと思いました。

学生の質問に答えるために、夫と討論してみたり、ネットで調べたり、改めて日本について思いをめぐらすチャンスをもらいました。

5月には、大学では試験が始まるので、先生も学生も忙しくなります。
暖かくなってきたことだし、いろいろと楽しい事を見つけて、遊ぼうかなと思っています。

その手始めが、モンゴルの現代の作曲家のジャンツノロウのコンサートがあると知らせてくれる人がいて、あすは、でかけます。

夕方からの外出は一人ではできません。
学会提出用の資料作りで忙しい夫は、付き合っている暇が無いというので、誰か探さねばなりません。
授業開始を待っている間に、先生の控え室で「だれかいませんかぁ?」と声を上げて募ったら、名乗りを上げてくれる先生がいて、めでたくコンサートにいけることになりました。

私の好きな曲は演奏されるのか、それ以外の曲は、どんなのがあるのか楽しみです。
わくわく
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7つの母音

2004年04月14日 | チンゲル亭過去日記

あ・え・い・お・う・お・う
モンゴル語には、7つの母音がある。

オルティンドーの練習で、その音が当然発音できなければならないのですが、いまのところは音程やリズムをとることを優先として正しい発音には目をつぶって教えて頂いています。

私のノートには、先生のキリル文字の筆記体、次の列は、花ちゃんがカタカナで読み方を書いてくれている列があります。
そのほかに、鉛筆や赤字で私が記入したメモ。
正しい発音と、とりあえず出していい音や、バイブレーションの印、次回までの宿題の場所につけた丸印で一杯です。

今日は、3種類のバイブレーションを習いました。
シルシット・ショロンカイともう一つは覚え切れなくて、カタカナで書けない(笑)3番目のバイブレーション。
この3種類がオルティンドーの最大の特徴といえるのでしょう。

オルティンドーには、ベセレグとアイザムの2種類があり、すでに習った2曲はベセレグです。
今日から習う曲はアイザムで、ショロンカイがたくさん入っていて、今までのよりも長い曲になります。
一息で続けて唄わなければならない節も長くなりました。
腹筋、背筋が鍛えられ、肺活量が増えることでしょう。

今、一番苦労しているのは、「い」の音です。
詩吟のときの「い」は、歯を閉じ、思い切り真一文字に口を横に伸ばすことをころがけて発声していたし、よく「い」の音が正しいと「あ」の音の次に褒められていたのに。。。。。
オルティンドーというよりモンゴル語の「い」の音は、「え」の音の口の形のまま舌に力を入れないで発声しなさい、そして「あ」は
そんなに大きな口をあけてはいけません
と、訂正されるのです。

長年かかって、大きな口をあけたり、横一文字に口を閉じて発音することを訓練してきたので、集中力が途切れたときに、大きな顔をして出てくるのです。

まったく新しいことを覚えるより、染み付いた癖をなかったことにするのは、むずかしいものです。
あっと思ったときには、もう言葉や音が出てしまうのです。

でもご心配なく、こういうことは、苦しいとは思わなくて、心地よい緊張を伴った楽しみなのです。
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