風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

メールが来た

2004年04月14日 | チンゲル亭過去日記

友達からのメールが届いた。


うううう。。。。。
あんなに悲惨な情景を描いたのになぁ。
私の、最大のピンチを書いたのになぁ。

ぜんぜん、かわいそうにと言ってくれなかった。

描写力が無いのか、ほんとは、思ったほど悲惨ではなかったのかなぁ、いずれにしても、ネアカと思っていた彼女に
ネアカ
と言う称号を改めていただいたわけです。
どうもありがとう。

「ネアカ」の称号は、日本にいたときより、うれしいかも、うふふ
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3年生の日本語学科へゲスト

2004年04月12日 | チンゲル亭過去日記

今日は、3年生とあって、グループ毎に調べた遊牧民の生活、ゲル、乳製品、ナーダム、ツァガンサル、貨幣について発表してくれました。

かなり難しい言葉を使っていたので、驚きましたが、どうやら文献から引っ張ってきたようです。
それでも、言葉の内容はちゃんと分かっているのですから、たいしたものです。

興味深かったのは、貨幣のことでした。12世紀後半からすでに紙幣を使っていたことに驚きました。
1260年には、地域ごとに分かれていた紙幣をフビライハーンが統一。
1309年には、物価の上昇で改定。
1925年に硬貨ができたが、1990年に政府が変わってからは、紙幣のみの流通になっているそうです。
ザハで、硬貨が売られているのは、今は流通していなくて、珍しいかららしい。
紙幣は、紙の質が悪く、銀行に戻ってきたものを再流通できない。そのため、テレホンカードをはじめとして、各種プリペイドカードが増えている。
と言う発表でした。

そして、今日、初めて、1トグルクの新札を見ました。わざわざ、銀行で手に入れてきたようで、担任の先生と私に1枚ずつプレゼントしてくれました。

武士道!

先週あらかじめ学生からの質問のメモをもらった中に、武士道についての質問がありました。
そのほかには、国歌と国旗について、東京タワーについて、日本の歌をおしえて、というのがあり、事前に調べることができてホッとしています。

それから、モンゴルの一番知りたいことには、赤ちゃんが棒状にしっかりとおくるみでくるまれているので、その中身を知りたいと思っていると答えました。
一番好きなものは、子供と答えたので、その答えの続きに、知りたいこととして、答えました。

モンゴルと日本の違いは?という問には、来たばかりで、しかもその半分は寒くて閉じこもっていたし、少し元気になってからは、夫の配慮で、日本人に理解が深く言葉も堪能でやさしい人がいつもそばにいてくれたので、そのような人がモンゴル人だとおもっています、と。

そして、困ったことは?への答えは、車優先で、信号が青でも安心できないと言うことを言ったら、なるほどと言う顔をしていました。
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ハナーいい子だねぇ 今日は、犬のハナ

2004年04月11日 | こたろう

ハナのお父さんが、私を見つけたので、引き綱を放してくれた。
「ハナちゃん」と呼ぶと、一目散に駆けて来た。

うわーい、ハナァー。ひさしぶりー。
体中で喜びを表して、手をぺろぺろと舐めるハナに会うと、心ほぐれてくる。

中央アジアで一番おいしいと宣伝しているドイツ系のパン屋さんでは、ダルメシアンのドリーに二度目の出会い。

今日は、静かに近寄ってきて、クンクンと匂いをかいでいる。
最初の出会いは、去年の4月、そのときは完全無視で、さっさと店の奥にはいっていってしまったのだけれど、今日は、静かに近づいてきて、しきりに匂いを嗅いでそばを離れようとしない。

私の気持ちが、殺気だって無いのだろうと思います。

道路から氷が無くなって、転唐フ心配がなくなったので、なるべくタクシーを使わないで、歩こうと思いを定めたころから、気持ちがとても楽になってきたことを感じます。

そして、モンゴル人の言葉が、意味は分からなくても聞き取れるようになり、買い物の値段が電卓で示されるまで訳がわからないというのが半分くらいになってきました。

地に足が着いてきたのでしょう。
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予定のない土曜日

2004年04月10日 | チンゲル亭過去日記

毎週のように、オペラにバレーにと借り出されて自分の時間が無かったらしい夫には、予定の無い土曜日はとてもうれしいらしい。
好きな時間にご飯を食べ、コーヒーを飲み、のんびり昼寝をする。

何も無いと言っても、食物の買出しだけは行かなければなりません。
私が、UBに来て、夫は始めて、日用品から食べ物の買出しに付き合うことになったのだけれど、これほどたびたび出かけなければならないと言うことを知らなかったと、夫はため息をつく。

日本では、すべて任せきりにしていたことを一部始終付き合わねばならなくなって、家事のこなさねばならない仕事量の多さにはじめて気がついたと言っています。

UBに来なければ、一生気がつかなかったことに夫だけでなく、私も目にして、お互いの知らなかったことに気がつく毎日です。

さて、娘は東京では今流行っている風疹に罹って治りました。
それまでの間に、母子手帳のありかの問い合わせがあったり、検査の結果が出たとか出ないとか、どうやら風疹だったらしい、予防注射をしたかしないか、尋ねる電話があったり、おかげで、電話で声を聞く機会が増えて、なんだか病気と言うのに、うれしかったりして、、、

母子手帳に記載が無かったので、検査をしたら、抗体が無かったという。
一ヵ月後に再度検査をして、それでも抗体が無かったら、予防注射をしなければならないらしい。

風疹の浮「のは妊娠初期に罹ることだから、大人になってから、抗体が無いと言うことがわかって、よかったねぇ。
終わりよければすべて良し。
健康に生まれてくれたおかげで、病気ときいてもほとんど心配したことが無くて、かえって怪我の方が恐ろしい。

かく言う私も寒さに弱いと言いながら、風邪を引いたり、熱を出したりするわけではないのだから、ほんとは弱いとはいえないのかもしれません。
幼いころに虚弱だった記憶が、寒さに対する恐浮Aえつけたのだと思うと、お化けの正体が見えてしまった気がします。

≠R0℃の経験バンザーイ

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うーん、いいきぶん

2004年04月09日 | チンゲル亭過去日記

前日の夜9時過ぎて、やっと練習開始時間の連絡が携帯メールで知らされる。お互いに、英語は堪能ではないのですが、時間だけを知らせればよいので、携帯のメールはほんとにありがたい。
[tomorrow 2 oclock lesson start jargal} {OK 2 oclock thank you sumiko}

と言うわけで、2時に花ちゃんと向かう。
踊りの練習が長引いているので、隣の食堂で待つ間に、ジャルガルさんがピロシキをご馳走してくれました。飲み物は、お白湯。
これが、肉がはいって揚げてある食べ物には良くあうのである。

気持ちよく練習が終わりそうになったとき、突然、大男が入ってきました。
ジャルガルさんの先生で、この劇場のトップにいる人と言うことでした。
ご挨拶だけかと思っていたら、唄えという。
緊張しつつも、2時間の練習のあとで、喉がほぐれていたおかげで、気持ちよく唄えました。

彼は、いかめしかった顔をほころばせて、「サーン」と言う褒め言葉を言いました。
「外国人がオルティンドーを唄うのは珍しいことなので、がんばってください」といいながら、帰ってゆきました。

花ちゃん曰く、緊張した方がうまいですねぇ。はぁ、そうか、気持ちよく唄えたと思ったら、今日一番のできだったということだった。

偉そうにしている人ではなく、ほんとに偉い人は、教えなくてもそばにいるだけで、人を上達させるエネルギーと言うかオーラと言うかを発散しているものなんだ。
何度かこんなことを経験したけれど、モンゴルに来ても経験できるとは思いませんでした。

こんなとき、「先生のためにがんばった」と、日本人いや、私は言ったのであるが、モンゴルに来て、いろんな影響を受けるうちに、ほんとにそう?自分のためだったのじゃない?
日本人の先生は、そう聞いたら、喜んでくれるだろうが、果たして、モンゴル人のジャルガルさんは、どう、思ったのだろう。

それにしても、いつもそばにいて通訳してくれる花ちゃんは、素晴らしい通訳だ、ちっとも練習の邪魔にならないで、いいタイミングで指示を伝えてくれます。

挫折しないで、今日まで、続けられてしかも大先生に褒めてもらえて、ほんとにうれしい。その現場にいてもらって、ほんとに良かった。
年齢を超えて、国を超えて友達になった気がする。
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紙事情その2先生の苦労

2004年04月08日 | チンゲル亭過去日記

日本語科では、教科書は国際交流基金から年に1回30冊ほどの辞書、教科書、雑誌を無償で、供与されているだけです。

ですから、生徒はもちろんのことですが、先生もコピーをとって勉強をしています。
辞書にいたっては、現在8冊くらいしかなく、辞書が欲しいと言っています。
中には、最新の辞書電卓を持っている先生や学生もいますが、なかなか手に入らない辞書は貴重品のようです。 

将来、大学として、利潤が上がるようになったら、無償と言うわけには行かないが、コピーではない教科書を学生に与えたれるようになりたいと、言っていました。

モンゴルでは、最近までは、国立大学は無料だったのですが、今は、かなり高い授業料を払っているそうです。
その、大部分は先生への給料で消えてしまっているのが現状だそうです。
利潤を上げて、学生の福利厚生にまで資金が回るようになるのは、いつのことでしょう。

UBでは、なかなかしごとがなく、学生に仕事が回ってくるのは、観光シーズンの通訳くらいなものなのです。
日本の学生のように、バイトで親よりもお金を持っているなんてことはありえないのです。

こちらに来る前に、辞書電卓を購入したので、必要ないわけではないけれど、もうほとんど手にしないだろう辞書が本棚にたくさんあります。
我が家でさえそうなのだから、電子辞書やパソコンに切り替えて、重い大きな辞書が片隅に追いやられていることでしょう。
そういう日本中の辞書をかき集めたら、大変な量になることでしょう。
せめて、それらの辞書が日の目をみることがあるまで、焼き捨てられないことを祈ります。

今日の、ゲストは、今までの経験を生かして、生徒にただ楽しい話だけではなく、今まで習った言い回しを使って答えが出来るような、質問を設けたので、先生に対しても、満足の行く授業になったと思います。

その授業が、いつもお世話になっている花ちゃんの授業だったので、余計にうれしく充実感がありました。

そして、自己紹介の中で、それとなく彼女のおかげで、オルティンドーの練習が続けられていることも織り込むことが出来て、ちょっとだけお世話に報いられたかなと自己満足をしています。

    花ちゃんありがとう
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ゲストそれから紙事情

2004年04月07日 | チンゲル亭過去日記

日本語学科のゲストは今日で5回目となる。
今日はどんな時間になるのかなぁと思いを巡らせていたら、見たことのある学生が入ってきました。

お世話になりましたと、カードを持って挨拶に来てくれたのです。この生徒たちの先生は日本人のように上手に褒め言葉を使い、とても愛想の良い女性ですから、生徒もその感化を受けたのでしょうか。それとも、先生の示唆があったのでしょうか。

夫から聞いているモンゴル人は、ちょっと違っていたので、驚きました。そして、その先生に「きょうも、おきれいですね」と挨拶をされたときは、ゴマすりと感じてしまったのは、素直でなかったのかもしれないと反省。

その傍らで、日本人教師とモンゴル人教師が、「こそ」と「さえ」の定義を議論していました。
そして、私には、「二つのプロジェクトにまたがる。。。」と言う文章の『またがる』について質問されました。

随分難しい論文の和訳をしていたのには驚き、4年生ともなると随分高度な日本語を理解し、操るようになるものだと感心しました。

それにしても、先生でさえ、手にしているのは、すべて資料の本をコピーしたものであることに、モンゴルの物の無さを感じます。

学生は、ノートに余白無しに、小さな字でびっしりと書き込みをしています。

そういえば、オルティンドーの先生が歌詞をノートに書いてくれるときも、余白無しで書き込みを始めたことを最初は奇異におもったのでした。

紙は高価で大事なものなのです

食堂に行くと、紙ナプキンが半分に切って出されることも良くあるし、叔父さんだけでなく、きちんとした身なりのご婦人でも手鼻をかんでいることも良く見かけます。
スーパーの外国人むけのトイレットペーパーには、紙のサンプルがつけてある物もあるくらいです。

ハンカチを使うモンゴル人は、留学経験のある人と想像が出来るのです。

きょうは、外は暖かく風も無いので、上着が要らないくらい温度が上がりました。
こんな日は、日本の懐かしい風景の、戸外に本を並べて虫干しをしているかのような体裁で、古本屋さんが出現するのです。
その本を見ても、触りたくないくらい汚れている本も並んでいるのです。

モンゴルは、一気にネット文化になっていくのでしょうか。それとも、どうやって知識を得ていくのでしょうか?
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えっ、11才のこども?!

2004年04月07日 | チンゲル亭過去日記

オルティンドーの練習日。開口一番、「ご主人の感想は?」でした。
先日の、送別会でオルティンドーを披露したときのことを尋ねられました。
思った以上に上達していました。と言ってましたと答えると、とても喜んでくださって、拍手の多さより、それが一番ですとおっしゃいました。

ジャルガル 「私は夫が良く歌を聴いてくれて、いろいろと言ってくれて、褒めてくれますよ」

私  「えっ、結婚していらっしゃるのですか!」

ジャ 「はい、11才と4才のこどももいます」

わたしとハナちゃん 「まぁ、11才のおこさんですかぁ」

ジャ 「みんなに子供が大きいねといわれます」

ハナ  「ジャルガルは、何才なの?」

ジャ  「34才です」

私  「そうなんですか、まだ、20代だと思っていました」

始めて、練習のときにプライベートな話題に話が及びました。

きっかけは、娘から送信されたお花見の写真を見せたことでした。
私は、満開の桜のアップの写真のほうを見せたかったのですが、ジャルガルさんは娘の方に興味を強く示したのでした。

次回は、ジャルガルさんの二人のお子さんの写真を見せてくださるとのことです。

さて、練習も前回から2時間になったので、発声練習、復習、駄目押し、強化、宿題と言う手順で充実した内容で行えるようになりました。
お湯または、甘いお茶を飲みながらの雑談も、気持ちがぐっと近づいて、きもちがおだやかになり、練習での指示が良く伝わるような気がします。

オルティンドー特有の、3種類のバイブレーションのうち2つを曲りなりに出来るようになり、次回は3つめを習うことになるのですが、これが超がつくぐらい難しい。
今日は、テープに入れてもらったのを聞いてくるのが、宿題。
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日本語学科ゲスト

2004年04月06日 | チンゲル亭過去日記

今日の先生は、大学院生の時間講師の男性の授業のゲストでした。

壁には、相撲のことや日本の情報が掲示されていて、おもしろかったのは、赤い色の焼き鳥ののぼりがドアに取り付けられて、開閉の度にゆれていたことでした。

今日は、フリートークは無くて、今日の授業に沿って、先生の指示で、教科書の課題の絵の設営から始まりました。

日本語で、説明しているときに、標準語ではないイントネーションが出てきたので、標準語のイントネーションで言い直したところが先生にとって、格好の教材になったらしく、教材のロールプレーイングの会話部分を、慣れない関西風言葉でしゃべってみせたりしました。

活発な女学生がいて、先生に意見を言ったりして、おもしろいクラスでした。
帰りは、彼の車でもう一人の女性の先生と一緒に家まで送ってくれました。
彼の車は、演歌が流れ日本語の本がおいてあって、もう一人の先生の言うには、「日本人のくるまみたいでしょ?」であった。
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今日は、椿姫

2004年04月04日 | チンゲル亭過去日記

知り合いに、オペラのチケットを頂いて、出かける。
演目は、椿姫。
プリマは見る前からその人気と実力を、想像でました。
席はほぼ満席、大使の一行も着ていたし、何より、花束を準備している人の多さと、その花束の大きさ。

期待がどんどん上がっていく。

予想通りでした。プリマも父親役の声も重厚で心地よかった。

UBは春を目指して、動き始め、今日は気温が7℃にまであがり、道路の雪がどんどん溶けて、あまり足元を心配しながら歩かなくても良くなりました。

8時を過ぎても、明るいので、オペラを見、食事をしてもまだ明るいのです。
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