風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

今年も咲きました

2006年03月03日 | 

 



今年も花が咲いた、ロシアンローズ。
梅の代わりに、眺めながら、おひな祭りです。

昨日は、子どもたちとうれしいひな祭りを歌ったし。
テレビの料理番組で、おひな祭りの散らし寿司を見て、食べたつもり。
娘たちと、母のことを思っています。



 2002年から、我が家で預かっている夫の言うロシアンローズは、今にも枯れてしまいそうなのを教授の部屋から連れ帰りました。

2年間預かったのち、私たちが日本に帰国していた5ヶ月間何とか生き延びていました。
昨年、UBに舞い戻った私たちのアパートに、また、夫が持ち帰りが世話をしています。ずいぶん伸びました。

本当は、枝の剪定をするのでしょうが、それを良しとしない夫は、枝を延び放題にしています。
ザザがいたときは、この幹から出る蜜をなめていました。
額にその蜜をくっつけて、毛が変な具合に固まっているものですから、あれ?怪我でもしたかと何度かどきりとさせられました。




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MOMGOLIA WALKERS

2006年03月03日 | UBから
 NPO「在モンゴル日本人青年支援連絡会」の発行する”MONGOLIA WALKER"の第2号が発行されました。

まえがきには、(前略)”MONGOLIA WALKER"は、観光でモンゴルを訪れる方、またこれから中長期的にモンゴルに滞在される予定の方を対象として発行されています。
本誌は、主に在モンゴル日本人青年支援連絡会のメンバーを中心に半分以上の記事が投稿形式で書かれています。単なるガイドブックとは一線を画しモンゴルの本当の実態などがかかれています。
また、情報なども生の情報が載っています。私ども連絡会のメンバーはモンゴルに期待と思っている方がもっともっとたくさん増えることを願っています。そのためにこれら投稿記事の執筆もすべて無償で会員(または会員予備軍)の方たちに執筆していただいております。
今回の記事を書いていただいた人たちは、長期滞在されている方たちばかりです。そんな人たちが書いてこの「MONGOLIA WALKER]の記事は。。。

良いことも悪いことも含めてすべて本当のモンゴルです。(以後略)
              在モンゴル日本人青年連絡会メンバー一同









表紙に続いて,その店があるだけでうれしい心慰められるという「サクラ ベーカリー」のご主人のエッセイと看板息子さんの写真。
国際電話をかけるとき欠かせないプリペイドカードの日本向けカード。
無記名記事ですが、興味あり。
そして、草原のツーリストキャンプの記事。

雑誌を写したので、写真がよくありません、あしからず。
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お菓子作り

2006年03月03日 | チンゲル亭裏日記

久しぶりにシュークリームを思い立って焼くことにしました。

ツェギーさんが習いたいといっていたのを思い出して、連絡を取りました。
仕事も一段落したところなので、夫に出かけても良いという許可をもらい、来てもらいました。
彼女は、ちっともモンゴル人らしくないところがあって、仲間のモンゴル人の中でも、勝手なんだけど、憎めないといわれている人です。

彼女は、夫の通訳ですから、同じ部屋にいます。
今日の昼間、病院の先生に教えてもらったことを、夫が母に電話をして伝えているのを聞いていて、大体の様子を飲み込んでいたようです。

それで、自然に家族のことが話題になりました。
若いモンゴル人の女性ですが、家族について思うこと、長距離電話で思うように気持ちが伝わらない(彼女のお兄さんは今アメリカです)こと、お母さんについて心配に思うことなことなど、家族を思う気持ちは誰もかわらないのだなぁと思いました。

さて、シュークリームですが、めでたく膨らんで、おいしく出来上がりました。バニラエッセンスがないので、娘の友人にもらった大事なラム酒を数滴たらしました。
卵くささが消えて、彼女は大喜び。娘さんのために作ってあげたいといっていました。
次は、グラタンを習いたいといっています。

「なんでもいいです」と言って遠慮しない彼女は、私にはとても付き合いやすい女性です。

こんな明るい調子で、ドガラ教授と夫との間を通訳しながら取り持ってくれているんですね。ありがとう。
ついでに妻の私の相手までして、ご苦労さん。
彼女、うれしそうにシューを持ち帰る準備をしながら、「仕事に行ったのにどうしてシュークリームをもってるの?」と娘に言われてしまいます。
と言って笑っていました。可愛い人だ。

               ☆

さて、シュークリームをお礼に差し上げたモンゴル男性は、お子さんがいると聞いていたので、シューを焼くことにしたのです。
届け物をしていただいたので、御礼をしたのですが、余りうれしそうではありませんでした。(お菓子をもらって、戸惑ったのかもしれませんが。。。)
彼は知人の雇っている運転手さんですから、お金はどうかなと思ってお菓子にしたのですが、思い切り良く、ガソリン代として何がしか差し上げたほうが良かったのかもしれません。
モンゴルの人にするお礼というのは、難しいものです。
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3月のSAVE THE CHILDREN

2006年03月02日 | チンゲル亭
お手玉 ひな祭りの歌にあわせて               出来上がったャXター

                授業風景


 3月になった教室、会話の授業の後は、先週に引き続き「うれしい ひな祭り」の歌唱指導と歌いながらのお手玉遊び。
たった一人の男の子が、お手玉を恥ずかしそうに操っていたのが印象的
みんな、器用な子、ブキッチョな子いろいろ。

今日の、授業は、「時間」
気がついたら、急に鸚鵡返しが上手になった子がいる。
耳の壁が取れたみたい。
「いち」と「しち」の発音を何度も繰り返しました。
そして、「へ」が「ひぇ」にならないように。

ャXターには、苦肉の策の「貞子の会」が毎年開く千羽鶴を日本に送る催しのカラーの新聞記事も貼られていました。
名実共に、日本語と折り紙の教室になったというわけです。



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あー、良かった。

2006年03月02日 | チンゲル亭裏日記

母の思い違いだったことが、今、分かりました。
良かった、良かった。

この10日間、母が一人でどんな思いをしたか思うだけで胸が痛くなります。
母を一人にしておけないことを、さらに強く感じたことでした。

今まで、避けてきたこのことを夫とじっくり話が出来るといいなと思います。
さて、安心の余り、また、先延ばしにしてしまいそうな夫の感情もよく分かりますが、モンゴルという遠いところにいる私たちには、必要なことです。

今年は、800年の記念イベントがあって、観光客が殺到するのではないかと思われますが、そのために、こちらに住む私たちが、いざというときにチケットが取れない可能性があると思うと、焦りを感じます。

とりあえず、良かったねと喜んで、一息つきます。
それから、柔軟頭にして考えましょう。
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2006年03月02日 | チンゲル亭裏日記

夫の母の体調がすぐれないようです。
2002年の夫のモンゴル滞在から、長い長い間首を長くして、夫の帰国を待っている母が、もう直ぐ帰ると思っていたようです。
任期は来年の4月までなのを今年の4月と勘違いしていたようです。

それまでは、何としても元気でいて欲しいと思います。
任期半ばで帰国することは、夫も母も望まないことです。
ただし、私が帰国することは、いつでも出来ることです。

私の母の介護を黙って見続けていてくれた母へのせめてもの、恩返しは、そばにいて欲しいと母が思ったときにそばにいてあげると言うことしかありません。
果たして、母が私にそばにいて欲しいと思ってくれるでしょうか。
今は、そんなことをいっている場合ではありません。
一人で母のところへ帰る心の準備を始めました。
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