詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

村野美優「伴走者」「ひとり」

2015-09-28 08:49:43 | 詩(雑誌・同人誌)
村野美優「伴走者」「ひとり」(「ひょうたん」56、2015年06月26日発行)

 村野美優「伴走者」は短い詩である。こういう作品を「現代詩」とは呼ばないかもしれないが……。

本のページからふと顔をあげると
窓の向こうを富士山が走っていた
すぐ建物に遮られ
見えなくなってしまったが
なおも目で追いつづけると
家並みの向こうにときおり白い頭がのぞいた
それを見ながらわたしは思っていた
こんなふうに見え隠れしながら
伴走しつづけているのかもしれない
だれかのことを

 二行目の「窓の向こうを富士山が走っていた」がいい。走っているのは新幹線。富士山は動かない。けれど、一瞬逆に見える。いや、そういう錯覚(間違い)は、もう無意識の内に修正するようになっていて、だれもそんなふうに見ない(見えない)かもしれないのだが。
 この一瞬の錯覚を大事に守ってことばを動かしている。そこがおもしろい。後半は少し「意味」になりすぎていて、それがよけいに「現代詩」らしくないのだが、「間違い」を持続するところに「肉体」を感じた。
 「ひとり」にも同じような行がある。

くちばしをつつきあって
キスをしているとりたちはいるけれど
てを(いや、つばさを)
つないでいるとりたちはみたことがない
とぶときはいつもひとりだ
生殖の季節はおわった
つれはいらないよ
なんていさましいことをいうつもりはないけれど
贈り物のこのつばさ
両の手にうけとめた

 鳥が手を(翼を)「つないでいるとりたちはみたことがない」。こちらの方は「錯覚(見間違い)ではなく、正しい認識。でも、それはほんとうに「正しい」か。特に「とぶときはいつもひとりだ」と簡単に断定しているが、ほんとうか。「ひとり」であるかどうかは「手をつないでいる」かどうかとは関係がないかもしれない。逆に言えば「手をつないでいても」ひとりということはあるかもしれない。
 が、そんなめんどうなことは、ここでは言わない。
 鳥たちは手をつなぎ合わない。「つばさ」をつなぎあわない。その「目で見た事実」を村野は、自分の「両の手」で受け止めている。「目で見た事実」を「贈り物」と受け止めている。
 「窓の向こうを富士山が走っていた」というのも、「目で見た事実」であり、それはやはり「贈り物」なのだと思う。ことばが、そんなふうに動いたということが、「贈り物」。そして、それを大切にして、ほかのことばを動かしている。


草地の時間
村野美優
港の人

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ロイ・アンダーソン監督「さよなら、人類」(★★★)

2015-09-28 00:44:33 | 映画
監督 ロイ・アンダーソン 出演 ホルガー・アンダーソン、ニルス・ウェストブロム

 映像のひとつひとつに「遠景」がある。
 冒頭のワインのコルクを抜こうとして心臓発作に襲われ死んでしまう男のエピソード。カメラは固定したままで、男が演技している。その男のいる部屋の向こう側にキッチンがある。おんなが洗い物をしている(らしい)。
 部屋に余分なものがないので、この「遠景」の「構図」がとても目立つ。
 こういう構図はホウ・シャオシェンがよく用いる。台湾は狭いから、空間の広がりを表現するのときはどうしても「遠近感」に頼ってしまう。スウェーデンも、そうなのか。うーん、台湾や日本よりも「広い」と思うのだが……。
 もしかすると北欧の「寒さ」とも関係しているかもしれない。外ですごすよりも室内ですごす時間が多い。だから室内の「風景」が多くなり、そこで「室内」にどうやって広がりをもたせるかというと、手前に「近景」、後ろに「遠景」という構図をとるしかないのかもしれない。
 床屋の、髪を切る部屋と、その奥の電話のある部屋の関係もこれに似ている。部屋の奥に別の部屋があり、それは「遠景」である。接続していても、とても「遠い」部屋なのである。
 そういう「構図」にしぼって感想を書くと。
 おもしろいのはフラメンコ教室。真四角な室内。向こう側の部屋がない。そう思っていたら、突然画面が切り替わり、廊下(?)のようなところで女が掃除をしている。そこへ、フラメンコを踊っていた男がドアを開けて出てくる。そして去っていく。後ろへではなく、手前へ。つまり、男の動きにあわせて、突然「遠景(遠くの部屋)」が生まれてくるのである。フラメンコ教室の描写がおもしろいので、そこに気を取られてしまうけれど、その描写よりも、この「遠景」が生まれるという瞬間を監督は撮りたかったのだな、と思った。
 「遠い/近い」はひとがつくりだすものなのである。「構図」だけみると、そこに最初からあったように見える「遠景」だが、部屋があるだけでは「遠景」にならない。ひとがそこで動いていてこそ「遠景」なのである。
 手前のひとと、後ろのひとが「違う」動きをするとき、そこに「遠景/近景」、「遠近」そのものが生まれてくる。
 フラメンコを踊る男のからだにからみつく女教師の手。背後からまさぐる手。それをふりほどく男。そこには気持ちの断絶があり、それが「遠景」をつくり出している。ということも、この廊下のシーンがあって、さらに明瞭になる。
 レストランの前で来ない友人を待っている男の描写もおもしろかった。この映画では、室内から窓を通して「風景」を「遠景」にしてみせるシーンがいくつかあるが、このエピソードでは、外から「室内」を「遠景」としてとらえている。これは、人間のいる「室内」にこそ「遠景」があるという監督の映像哲学を象徴しているように思える。そして、このシーンを見ていると、まるで通りが「内部」のように、つまり「セット」のように見えてしまう。窓から見える内部は、はてしない「外部」に見えてしまう。レストランの内部はどこまでも広い。けれど男がいる「通り」は男が歩き回る範囲が通りになっているだけで、あとは「密閉」されているという感じがするのである。スクリーンにうつっていない左側には「街」があるはずなのだが、そのあるはずの「街」の気配がまったくない。
 「室内」から「外部」を「遠景」として取り入れているシーンでは、タイムスリップしてきた(?)王と軍隊のシーンがおかしい。レストラン(?)へ入ってきて、トイレをつかおうとするのだが、そのレストランから見た「外部」というのは単なる「風景」としての「外部」ではないのだ。「外部」には「内部」とはちがった時間が存在している。「時間の遠景」が「室内」に闖入してくる。そうか、「外部」からだれかが入ってくるということは、そこに「別な時間」が入ってくるということか。これは、ひとつの「時間哲学」ということになる。
 みんながひとりひとり「個人の時間」を「室内」としてもっていて、それが接触するとき、そこに「室内の遠景」だけではなく「時間の遠景」も生まれる。そういう視点で、この映画を見直すこともできる。
 冒頭のワインのシーン。男は「ワインを飲む」という「時間」に夢中になっている。女は「洗い物をする」という「時間」に夢中になっている。おなじ「いま」にいるが、「時間(肉体の動き/感情の動きがつくりだしている時間)」は分離しているのだ。
 ひとはみんなちがった「時間」を生きている。いっしょに行動している人でもそうなのだ。主人公(?)は二人いて、パーティー用の面白グッズをセールスしているのだが、おなじことをしているからといって、同じように生きているわけではない。だから、ついたり、はなれたり、慰め合ったり、反発したりする。
 こういうことを、固定したカメラのフレームのなかで展開する。うーん、夢を見ているみたいに眠くなる映画である。思い返すと、色も消えている。セピア色というか、灰色と茶色が混じったような、薄暗いグラデーションになってしまう。グラデーションというのも、一種の遠近法か、と思ったりするのである。
                      (KBCシネマ2、2015年09月26日)




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