詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

加藤思何理『奇蹟という名の蜜』

2016-10-12 16:52:02 | 詩集
加藤思何理『奇蹟という名の蜜』(土曜美術社出版販売、2016年09月30日発行)

 加藤思何理『奇蹟という名の蜜』を、こんなふうに読んでみるのはどうだろう。それぞれの詩の書き出しを引用する。

ある朝のこと、ぼくは裏庭で金いろに耀く豹の屍体を発見する。  (「裏庭に豹」)

金いろに烈しく泡立ち脈搏つ樹液で
その尖端の先のさきまで夥しく膨らんだ樹、
かなり切なく苦しくゆきづまるほどに。

その幹にひとつの不可解な暗い割れ目があって (「たとえばそれは毒を吐く樹、」)

ぼくの眼前には月明かりに照らされた広やかな草原が横たわっている。
夥しい草草の一本一本が銀いろの葉裏を閃かせながら夜の風にそよぐ。
だが風の音さえ聞こえるわけではない。         (「重力に祝福されて」)

教室のなかでは地球儀を用いた授業が行われている。

地球儀は緑と赤と青と透明なものの四種類で、まとめて二百個くらいはあるだろう。
どんな素材でできているのか、それらはきわめて柔らかく可塑的で、たとえば少女の初初しい乳房のような感触だ。                (「赤いスパナの謎」)

  最初に気づくのは「金いろ」「銀いろ」というような、明るい色である。まぶしい色である。「緑と赤と青」は光の三原色。全部合わさると「透明(白)」になる。「金いろ」「銀いろ」は「透明」になる寸前の「いろ」なのかもしれない。この「いろ」は「耀く」「照らす」「閃く」というような「光」の「動詞」となる。そしてそこには「烈しく」という「副詞」が付き添う。「広やかな」という「形容動詞」もついてくる。それらは、どれも「強い/強さ」という印象を呼び起こす。
 一方、その「光」という輝きを象徴する「主語」とは別なものが、同時に語られる。「屍体」「不可解な暗い割れ目」「葉裏」という何かしら「暗いイメージ」をもったものが「主語」として向き合っている。その「闇」につながる「主語」には明確な「動詞」はつきしたがわない。「ゆきづまる」という「動詞」が印象にのこるくらいだ。かわりに「切なく苦しく」とか「柔らかく可塑的」とか、何かしら「弱い」印象をもたらす「副詞」や「形容句」がつきまとう。
 相反するものが、詩の冒頭で出合っている。

 相反するものが出合うと、どうなるか。端折って書いてしまうと「弁証法的運動」がおきる。衝突、止揚、昇華という運動がおきる。いわゆる「ストーリー」が、そこから生まれてくる。
 うーん。
 それはそれでおもしろいのだが、このことばの運動に、私は少し疑問を感じる。
 「闇」を輝かしいもの、「光」に変えてしまうような激しい「動詞」、書かれなかった「動詞」を探すストーリーならいいのだけれど、どうも違う。
 途中から、ことばが衝突を繰り返すというよりも、何か「結論」を求めて動き始めるという印象にかわる。「結論」をめざしすぎる。「衝突」したあと、どこへ行くかわからない、という感じではなく、どうしても「結論」をつけたくて「衝突」そのものをととのえ始めている感じがする。
 「裏庭に豹」を読み返す。

ある朝のこと、ぼくは裏庭で金いろに耀く豹の屍体を発見する。
どこから迷いこんできたのだろう。
あるいはまさかとは思うが誰かがこっそり捨てていったのか。
屍体はなかば腐敗し、腹のあたりの柔らかい皮膚が破れて、ルビーの色の爛れた肉の上を夥しい数の白い虫が蠕動している。
ひどい悪臭だ。
だが不思議なことに母も姉もその屍体に気づかない。
ただぼくと父だけが豹の屍体の存在を強く意識している。

 ここには、先に書いた「光」と「闇」の衝突が、克明に書かれている。同時に、その「衝突」を「意識」できるのは「ぼく」と「父」だけであって、「母も姉」や「隣人や友人」(二連目)には見えない。意識されない。「気づかない」と言いなおされる。
 この「衝突」を、「ストーリー」ではなく「存在」そのものとして「維持し続ける」ととてもおもしろい「思想/肉体」が生まれてくると思うのだが。つまり、加藤の「肉体」が変化しないではいられない状態になってくると思うのだが、加藤はそういうことはしない。
 「衝突」のままでは動きようがないので、三連目に突然「セールスマン」を登場させる。

さて、アメシストいろの淡い雲がひろがるある蒸し暑い夕暮れに、尖った靴を履いた見知らぬセールスマンがやってきて、いきなり裏庭から漂う悪臭を指摘する。

 ここから「詩」は「短編小説」へと変化していく。
 一連目では「豹」そのものが動いていた。「屍体」という動けない存在にもかかわらず、「腐敗する」という動詞になって動き、さらにそこから「白い虫」が生まれ、「蠕動する」という、「生まれ変わり」のような「昇華」があった。「白い虫/蛆虫」なのに、それは「豹」そのものの「動き」、言い換えると「いのち」に見える。「生まれ変わり」と書いたのは「いのち」のつながりがそこにあるからだ。「豹」という「主語」を食い破って生まれてくる新しいいのちの輝きがそこにある。それが美しい。
 ことろが三連目以降は「豹」が動かずに、「人間」がかわりに動き始める。「豹」は置き去りにされる。
 父は、こんなふうに動く。

--今夜、あの豹をふたりで処分しよう。
--でも誰かに見つかると逮捕されるよ。
--心配するな。あれはわたしとおまえ以外には決して見えないのだ。

 つられて「ぼく」も動いてしまう。「ぼく」は隠れて、秘密警察に電話しようとする。「父」を密告しようとする。しかし指が滑って電話がかけられない。気づくと、

ふと気配を感じて振り返る、するといつのまにかすぐ背後に立っていた父が、ぞっとするほど黄いろい刃物のような眼でぼくを睨みつけていた。

 加藤は「父」を「豹」に「豹変」させるのだが、これでは「短編小説」とも言えないかもしれない。「ぼく」が「豹」になって生まれ変わる、あるいはこの作品に従えば「死に変わる」と、詩(思想/肉体)が生まれてくる瞬間の「暴力」にならないと思う。
 「父」に殺され死体になり、それから「豹」にかわると読めばいいのかもしれないが、それでは一連目の「豹の屍→蛆虫」という強烈な「いのちの再生」という「動詞」を裏切ってしまう。
 「ストーリー」になりたがることばを、どうやって「ストーリー」にさせないか、ということが必要なのかもしれない。「ストーリー」になってしまうことばを押しとどめたら、とてもおもしろくなると思う。
 あるいは詩を捨てて、「短編小説」へ突き進むという方法もあるかもしれないが。


すべての詩人は水夫である (100人の詩人・100冊の詩集)
加藤思何理
土曜美術社出版販売
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自民党憲法改正草案を読む/番外32(情報の読み方)

2016-10-12 01:17:15 | 自民党憲法改正草案を読む
南スーダンで死んだら「衝突死」?
               自民党憲法改正草案を読む/番外32(情報の読み方)

NHK NEWS WEB(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161011/k10010725461000.html )(2016年10月11日12時24分)にこういう記事があった。

首相 南スーダン“衝突あったが戦闘行為にはあたらず”

 安倍総理大臣は、参議院予算委員会の集中審議で、来月、南スーダンに派遣される見通しの自衛隊の部隊に対し、安全保障関連法に基づく新たな任務を付与するかどうかの判断に関連して、ことし7月に政府軍と反政府勢力との衝突はあったものの、戦闘行為にはあたらないという認識を示しました。
 この中で民進党の大野元防衛政務官は、政府が、来月、南スーダンに派遣される見通しの自衛隊の部隊に対し、安全保障関連法に基づく新たな任務の「駆け付け警護」などを付与するかどうか判断するとしていることに関連して、「南スーダンでは、ことし7月に政府軍と反政府勢力との衝突事案があったが、これは『戦闘』ではないのか。新たな任務を付与するのか」とただしました。
 これに対し安倍総理大臣は、「PKO法との関係、PKO参加5原則との関係も含めて『戦闘行為』には当たらない。法的な議論をすると、『戦闘』をどう定義するかということに、定義はない。『戦闘行為』はなかったが、武器を使って殺傷、あるいは物を破壊する行為はあった。われわれは、いわば一般的な意味として『衝突』という表現を使っている」と述べました。

 三段落目の「論理」が無茶苦茶である。
 「法的な議論をすると、『戦闘』をどう定義するかということに、定義はない。」これは「法律」は「戦闘」を定義していないということだが、どこの国の「法律」?
 日本の憲法は、こう書いてある。

第九条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争を放棄し、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 「戦闘」と「戦争」は違うというかもしれないが、ここには「戦争」が「定義」されている。「国際紛争を解決する手段として」「武力による威嚇又は武力の行使」することを「戦争」という。(「戦争の定義を、武力による紛争解決、武力による威嚇、武力の行使とする」と書いてなくても、「定義」はない、とは言えない。)
 南スーダンの場合は「国際紛争」ではなく「国内紛争」だから「戦争」ではなく「戦闘」とよばれるのかもしれないが、そうであれば「戦闘」とは「紛争を解決する手段として」「武力による威嚇又は武力の行使」することになるだろう。(実際にそこで行動している人には「戦争」と「戦争」の区別などない。武器で肉体が傷つけられれば死んでしまうかもしれないという「事実」があるだけだ。)
 先日、自民党議員のパーティー券の「白紙領収書」が問題になったとき、高市は「領収書の発行側の作成方法についての規定は法律上ない。主催団体が了解しているものであれば、法律上問題はないと考える。」と言ったが、それと同じ言い方だ。それは「法律」の読み方を間違えている。「白紙領収書」に勝手に金額、使途を書き込めば「文書偽造」だろう。
 「『戦闘行為』はなかったが、武器を使って殺傷、あるいは物を破壊する行為はあった。」ではなく「武器を使って殺傷、あるいは物を破壊する行為はあった。武力をつかっているのだから、それは「戦闘行為」である」と考えるのが常識だろう。
 「武力の衝突」が「戦闘」である。「殺傷」があれば、それは「戦闘」である。「戦争」である。いつでも、ひとが死ぬ可能性があるということだ。「ことば/表現」で「事実」をごまかすな。
 「われわれは、いわば一般的な意味として『衝突』という表現を使っている」というが、「われわれ」とはだれのことか。安倍以外のだれとだれが「われわれ」と呼ばれるの仲間なのか。
 「われわれ」に、私(谷内)を含めるな。

 翻って。

 「衝突」と呼ばれているものについて考えてみる。
 いま沖縄・高江で起きている住民と機動隊とのあいだで起きていることは、なんと呼ぶべきか。「衝突」か。機動隊員が「武器」(殺傷能力を持つ道具)こそつかっていないが、頑強な「肉体」を利用して住民を強制的に排除している。これは、私の感覚では「武器」をつかっていないが「戦闘/戦争」である。ことば(会話/対話)による問題解決の方法を排除している。「暴力」に頼っているからである。
 民主主義では「衝突」とは「意見の衝突」に限定されないといけない。
 安倍は、「意見の衝突」を必死に避けている。「しっかり説明する」といった「戦争法」「TPP」も「憲法改正」も、「ことばの戦い」をしようとしない。
 安倍にとっては「意見の衝突/ことばの衝突」こそが「戦争」なのだ。そこで負ければ「死ぬ」。それを恐れている。そして、ひたすら「ことば」をずらしつづける。まともに答えない。
 しかし「意見の衝突」で、ひと(肉体)は死なない。もちろん、「意見の衝突」の結果、安倍の「こころが傷つく」、あるいは「身分を失う」ということはあるかもしれない。「身分を失う」ことは、安倍にとっては「死」かもしれないが、そんな「死」は「比喩」にすぎない。。

 「戦争/戦闘」は「比喩」ではない。「武器」は「比喩」ではない。「肉体」に直接働きかけ、いのちを奪うのだ。「法的な議論」「(法的な)定義」などと、よく平気で言える。無責任すぎる。
 「日本の法律では、自衛隊員は戦闘の行われないところに派遣されているのだから、そこで戦争に巻き込まれ死ぬことはない。たとえ死んだとしても、それは戦死ではなく、衝突死だ」ということになるのか。
 安倍は、きっとそういうに違いない。





『詩人が読み解く自民憲法案の大事なポイント』(ポエムピース)発売中。
このブログで連載した「自民党憲法改正草案を読む」をまとめたものです。
https://www.amazon.co.jp/%E8%A9%A9%E4%BA%BA%E3%81%8C%E8%AA%AD%E3%81%BF%E8%A7%A3%E3%81%8F%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E6%86%B2%E6%B3%95%E6%A1%88%E3%81%AE%E5%A4%A7%E4%BA%8B%E3%81%AA%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95-%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E6%86%B2%E6%B3%95%E6%94%B9%E6%AD%A3%E6%A1%88-%E5%85%A8%E6%96%87%E6%8E%B2%E8%BC%89-%E8%B0%B7%E5%86%85%E4%BF%AE%E4%B8%89/dp/4908827044/ref=aag_m_pw_dp?ie=UTF8&m=A1JPV7VWIJAPVZ
https://www.amazon.co.jp/gp/aag/main/ref=olp_merch_name_1?ie=UTF8&asin=4908827044&isAmazonFulfilled=1&seller=A1JPV7VWIJAPVZ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする