詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

クリストファー・ノーラン監督「ダンケルク」(★★)

2017-09-10 20:33:32 | 映画
監督 クリストファー・ノーラン 出演 フィオン・ホワイトヘッド、トム・グリン=カーニー、ジャック・ロウデン

 よくも悪くもイギリスの映画というか、まあ、イギリス人が撮ると戦争映画もこうなるという見本のようなものだなあ。
 何がイギリスかといって、最後のチャーチルの「ことば」。新聞に書かれている「声明(たぶん演説を書き起こしたもの)」がイギリス。イギリスはシェークスピアの国だけあって、「ことば」だけが「事実」。チャーチルの演説がそれを端的にあらわしているが、もっとわかりやすいのが遊覧船での逸話。
 海で助けたイギリス兵と少年が船内でぶつかる。少年は大怪我をし、やがて死ぬ。イギリス兵は「少年は大丈夫か」と二度聞く。一度目、イギリス兵に怒っている青年が「大丈夫じゃない」と答える。二度目、多くのイギリス兵を救助する。船内がイギリス兵であふれかえる。少年は船室で死んでしまっている。このとき、青年は「大丈夫だ」と答える。嘘をつく。いま、少年と衝突したイギリス兵を動揺させても何にもならない。まだ生きている、大丈夫だと信じ込ませて、多くのイギリス兵を救助することの方が大切だから、そうする。このときの「嘘」は、青年にとっての「事実」よりも、イギリス兵にとっての「事実」を重視するということである。イギリス人だから「大丈夫だ」ということばを聞けば、それが「事実」になる。
 チャーチルの演説は、この延長にある。「撤退」を認める。ダンケルクの戦いは「敗北」だったと認める。だが、「敗北」を「事実」にはしない。「事実」のとらえ方はいろいろある。イギリス軍はドイツ軍に敗北した。だが、その敗北のさなかにあって、兵士だけではなく一般市民(遊覧船の船長ら)がイギリス兵の救出に全力を尽くした。そして33万人をダンケルクから救い出した。これは大きな成果(勝利)であるととらえなおす。33万人が死なずにすんだのである。戦争において勝利とは「生き残る」ことである。「生き残る」、そして何度でも戦いなおす。そういうことを、実に、力強く言いなおす。「生き残った、再び戦い、ヒトラーを倒す」ということを「ことば」で先取りし、「事実」にしてしまう。
 一種の「煽動」と言えるかもしれないけれど、さすがにシェークスピアの国だなあ、と感心してしまう。
 また、いま書いたような「劇的なことば」以外でも、いたるところで「ことば」が活躍する。引き潮で浜に座礁しているオランダ船。イギリス人が逃げ込む。満潮になって船が浮かぶのを待っている。その船が銃撃練習の「標的」になって、船隊に穴が空く。だれが穴を塞ぐか。そういう「議論」がちゃんと「ことば」でかわされる。ひとりまぎれ込んだフランス兵を問い詰めていくのも「ことば」である。イギリス人にとっては「ことば」が「事実」であり、「すべて」である。そういうことを感じさせてくれる。
 飛行機でも非常におもしろいシーンがある。「ことば」とは意識されにくいかもしれないが、ここがもしかするといちばんイギリスっぽいといえるかもしれない。ドイツ機からの攻撃を受け、燃料計器が故障する。そのとき、パイロットはどうするか。別の機体の操縦士に、どれだけ残っているか、聞く。聞くことで、燃料の残りを確認する。これは「合理的」といえば「合理的」だが、まだるっこしい。いっしょに飛んできて、いっしょに戦っている。そうであるなら、同僚に燃料がどれだけ残っているかを報告してもらわなくても、ただいっしょに行動すればいいだけである。同僚が「燃料がなくなった、引き返そう」と言えば、その指示に従えばいい。そういうことをしないで、何時何分、何パーセントの燃料が残っていると「ことば(数字)」で把握し続ける。これが、とてもとてもイギリス的。
 そして計器の故障していない飛行機のパイロットが「引き返すための燃料を残しておこう」と言っていたにもかかわらず、燃料が切れてしまうまで戦い続け、浜辺に不時着するというのも、とてもおもしろい。ここでは「ことば」が動いていない。「ことば」を無視して、人間が行動している。
 これは、だから、私がいままで書いてきたことを、完全に覆す行動でもある。覆すものとして、とらえなおすことを迫ってくる。
 イギリス人にとって「ことば」が「事実」だが、イギリス人は「事実」である「ことば」に従うわけではない。「ことばの予測」にとらわれずに行動する。行動したあとで、おきたことを「ことば」によって「事実」にしていく、ということをしている。
 と、書くと。
 あ、チャーチルの演説にもどるのかなあ。
 常に行動が先にある。行動したあとで、行動を「ことば」でとらえなおして、共有できる「事実」をつくる。それが政治家(リーダー)の仕事というわけか。
 (日本の政治の現場で動いている「ことば」と比較すると、その違いに唖然とする。)

 戦闘シーンが迫力がある、という評判だったが、私は「ことば」の動きの方にとてもひかれた。
 ユナイテッドシネマ・キャナルシティのIMAX劇場(12スクリーン)で見たのだが、映像には特に迫力を感じなかった。画面が大きいだけである。また音が非常に大きくて、私には耐えられなかった。たまたまイヤホンをもっていたので、イヤホンを耳栓がわりにしたが効果はなかった。映画館を出ると、頭痛がしてしまった。
                          (2017年09月10日)

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