谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(19)(創元社、2018年02月10日発行)
「奏楽」は「音楽」と「息」の関係を書いている。
最初の修飾語は「黄金」「銀」「木」にかかるのだが、あえてその行を飛ばして「憤る」「憧れ」「忘却」と結びつけるとどうなるだろうか。「きららか(な)憤り」「冴え渡る憧れ」「ぬくもりの忘却」。さらに言い換えて「憤りの輝き」「憧れの冴え渡り方」「忘却のぬくもり」。私には「ぬくもり」と「忘却」の結びつきが一番納得できる。「怒り」と「輝き」も納得できる。でも「憧れ」と「冴え渡る」(透明?)はなんとなくしっくりこない。「冴え渡る」を「透き通った」と読み直すと、「憧れる」ときの一途さとつながるかなあ。
「息」との関係をみると、どうか。
「怒る」とき「息」は燃える。だから、輝く。きらきら。
「憧れる」とき「息」は静かだ。この「静寂」が「冴え渡る」なのかな?
「忘却」のとき、忘れてしまったとき、「息」は複雑かもしれない。「悲しみ」も含まれるし、「なぐさめ」のようなものも含まれる。いちばん「人間的」かなあ。ひとの「ぬくもり」は、「忘却」(あるいは思い出)とともに動いている。
金管楽器、木管楽器はあっても、銀管楽器がない。それなのに「金」「銀」「木」とことばを動かしているために、「無理」が動いているのかも。
でも、この詩の力点は「楽器」ではなく、「奏楽」の「奏でる」の方にある。「息を吹きこめ」の方にある。
だから、このあと「主語」がやってくる。
「肉」には「ししむら」というルビがある。古い言い方だね。ことばが「いま」ではなく、「長い時間」へと遡っていく。「時間」の奥に「ひそむ」ものを暗示させる。その動きがひきつがれ「ひそむこころ」となる。
「肉(体)」と「こころ」。「二元論」である。「肉(体)」のなかに「こころ」がある。その「肉体」が遠い過去とつながっているなら、「こころ」もまた遠い何かとつながっているだろう。
この連には「息」ということばがないが、「肉」と「こころ」が結びついているのが「息」だからだろう。「息」を「肉」と「こころ」と言いなおしているのである。
このとき「肉体」は「肉管楽器」かもしれない。
「笛」は「楽器」、「肉管楽器」。それは「息」を吐きだす、つまり他の楽器に「息を吹きこむ」のだが、同時に「息を吹き込まれる」ことを待っている。「怒り」か「憧れ」か「忘却」か。「私ではない人の息」を待っている。
「星々」という「宇宙」につながることばが動くのが谷川だ。「人々」よりも先に「宇宙」があらわれる。「宇宙」を引き寄せてしまう。
でも、「吐息」かあ。
「吐息」は「吹きこむ」ものかなあ。「洩らす」ものである。「忘却」のとき、ふと「吐息」が漏れるかもしれないけれど、あるいは「憧れ」のときも「吐息」が漏れるかもしれないけれど。
うーん、
「吹きこめ」の強さがなくなっている。息が乱れている。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
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*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
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嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
「奏楽」は「音楽」と「息」の関係を書いている。
きららかの
黄金の楽器に
憤る
息を吹きこめ
冴え渡る
銀の楽器に
憧れの
息を吹きこめ
ぬくもりの
木の楽器には
忘却の
息を吹きこめ
最初の修飾語は「黄金」「銀」「木」にかかるのだが、あえてその行を飛ばして「憤る」「憧れ」「忘却」と結びつけるとどうなるだろうか。「きららか(な)憤り」「冴え渡る憧れ」「ぬくもりの忘却」。さらに言い換えて「憤りの輝き」「憧れの冴え渡り方」「忘却のぬくもり」。私には「ぬくもり」と「忘却」の結びつきが一番納得できる。「怒り」と「輝き」も納得できる。でも「憧れ」と「冴え渡る」(透明?)はなんとなくしっくりこない。「冴え渡る」を「透き通った」と読み直すと、「憧れる」ときの一途さとつながるかなあ。
「息」との関係をみると、どうか。
「怒る」とき「息」は燃える。だから、輝く。きらきら。
「憧れる」とき「息」は静かだ。この「静寂」が「冴え渡る」なのかな?
「忘却」のとき、忘れてしまったとき、「息」は複雑かもしれない。「悲しみ」も含まれるし、「なぐさめ」のようなものも含まれる。いちばん「人間的」かなあ。ひとの「ぬくもり」は、「忘却」(あるいは思い出)とともに動いている。
金管楽器、木管楽器はあっても、銀管楽器がない。それなのに「金」「銀」「木」とことばを動かしているために、「無理」が動いているのかも。
でも、この詩の力点は「楽器」ではなく、「奏楽」の「奏でる」の方にある。「息を吹きこめ」の方にある。
だから、このあと「主語」がやってくる。
肉に
ひそむこころを
解き放て
地平の彼方
「肉」には「ししむら」というルビがある。古い言い方だね。ことばが「いま」ではなく、「長い時間」へと遡っていく。「時間」の奥に「ひそむ」ものを暗示させる。その動きがひきつがれ「ひそむこころ」となる。
「肉(体)」と「こころ」。「二元論」である。「肉(体)」のなかに「こころ」がある。その「肉体」が遠い過去とつながっているなら、「こころ」もまた遠い何かとつながっているだろう。
この連には「息」ということばがないが、「肉」と「こころ」が結びついているのが「息」だからだろう。「息」を「肉」と「こころ」と言いなおしているのである。
このとき「肉体」は「肉管楽器」かもしれない。
我等また
風に鳴る笛
野に立って
息を待つ
「笛」は「楽器」、「肉管楽器」。それは「息」を吐きだす、つまり他の楽器に「息を吹きこむ」のだが、同時に「息を吹き込まれる」ことを待っている。「怒り」か「憧れ」か「忘却」か。「私ではない人の息」を待っている。
星々の
はた人々の
たえまない
今日の吐息を
「星々」という「宇宙」につながることばが動くのが谷川だ。「人々」よりも先に「宇宙」があらわれる。「宇宙」を引き寄せてしまう。
でも、「吐息」かあ。
「吐息」は「吹きこむ」ものかなあ。「洩らす」ものである。「忘却」のとき、ふと「吐息」が漏れるかもしれないけれど、あるいは「憧れ」のときも「吐息」が漏れるかもしれないけれど。
うーん、
「吹きこめ」の強さがなくなっている。息が乱れている。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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