谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(30)(創元社、2018年02月10日発行)
「聞きなれた歌」に書かれている「歌」は鳥の声。谷川はカッコウとホトトギスの声になじんでいる。
その詩の最後。
この部分の詩のポイントは「にせもの」「ほんもの」の違いなのだが。
「にせもの」「ほんもの」が出てくる前に、私は「あっ」と叫んでしまった。
交差点の鳥の鳴き声。「カッコー、カッコー」と「ピヨピヨ」。私は谷川のこの作品を読むまでは「ピヨピヨ」をひよこの鳴き声だと思っていた。でも、そうではなくてホトトギスだったのか。
「電子音」をつくった人がホトトギスを意識したかどうかはわからないが、谷川はホトトギスと認識している。
同時に、そうか、谷川は鳥の声を山へ出かけていって聞いているのか、とも思った。「幼いころから夏を群馬県の高原にある父の山小屋で過ごした」と書いている。そこでカッコーの声を聞き、それが耳になじんだ。
ホトトギスも夏鳥なので高原で聞いたのだろう。
そう考えると、この交差点の鳴き声を考えたひとは、谷川と同じ「体験」をしていることになる。
そして、そこには谷川の書いたこととは別の「ほんもの」がある。「体験」の「ほんもの」。「ほんものの体験」が、人工音を識別させる。これはカッコー、これはホトトギスと。そのうえで、「にせもの」「ほんもの」と言っている。
うーむ。
私はカッコーの声をどこで聞いただろうか。ホトトギスはどこだろうか。谷川の詩の最後の部分で「ピヨピヨ」はホトトギスだったのかと思い出すのだから、どこかで聞いたことがあるのだと思うが、はっきりしない。
カッコーもホトトギスも、私の住んでいた山の中(私の家の近く)では、あまり聞かない。山鳩と夏のウグイスはひっきりなしに聞く。ウグイスがいるのだからホトトギスもいるのだと思うけれど。
「ピヨピヨ」をひよこと思ったのは、近くに鶏を飼っている家があり、そこで雛を見ているからだろう。
耳は「保守的」な感覚器官なのかもしれない。「聞こえる音」を「聞いた音」に結びつけて判断する。「聞いたことのない音」は、もしかすると「聞こえない」かもしれない。「ほんもの」「にせもの」とは別に「聞こえる音(聞いた音)」と「聞こえない音」があるかもしれない。
「聞き分ける」の「分ける」はなかなかおもしろいことばだとも思った。
私の耳は「聞き分ける」までは発達していなくて、「聞き、結びつける」という感じでしか働かない。
「分ける」というのはひとつの文化だな、というようなことも感じた。
こういうことは、「音」だけではなく、「ことば」でも起きるかもしれない。
「ことば」を「読み、分ける」、あるいは「読み、結びつける」。
谷川が書いている「にせもの=深い」ということについては、また別の機会に考えることにする。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか1月号注文
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目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
*
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
「聞きなれた歌」に書かれている「歌」は鳥の声。谷川はカッコウとホトトギスの声になじんでいる。
その詩の最後。
鳥の鳴き声はどんなときも私たちに生命を告げる。近ごろ街なか
の交差点で聞くことがある、電子音による鳥のさえずりがなんとも
不快なのは、あれがにせものだからだろう。にせものとほんものを
聞き分ける耳くらいは私にもまだ残っている。
この部分の詩のポイントは「にせもの」「ほんもの」の違いなのだが。
「にせもの」「ほんもの」が出てくる前に、私は「あっ」と叫んでしまった。
交差点の鳥の鳴き声。「カッコー、カッコー」と「ピヨピヨ」。私は谷川のこの作品を読むまでは「ピヨピヨ」をひよこの鳴き声だと思っていた。でも、そうではなくてホトトギスだったのか。
「電子音」をつくった人がホトトギスを意識したかどうかはわからないが、谷川はホトトギスと認識している。
同時に、そうか、谷川は鳥の声を山へ出かけていって聞いているのか、とも思った。「幼いころから夏を群馬県の高原にある父の山小屋で過ごした」と書いている。そこでカッコーの声を聞き、それが耳になじんだ。
ホトトギスも夏鳥なので高原で聞いたのだろう。
そう考えると、この交差点の鳴き声を考えたひとは、谷川と同じ「体験」をしていることになる。
そして、そこには谷川の書いたこととは別の「ほんもの」がある。「体験」の「ほんもの」。「ほんものの体験」が、人工音を識別させる。これはカッコー、これはホトトギスと。そのうえで、「にせもの」「ほんもの」と言っている。
うーむ。
私はカッコーの声をどこで聞いただろうか。ホトトギスはどこだろうか。谷川の詩の最後の部分で「ピヨピヨ」はホトトギスだったのかと思い出すのだから、どこかで聞いたことがあるのだと思うが、はっきりしない。
カッコーもホトトギスも、私の住んでいた山の中(私の家の近く)では、あまり聞かない。山鳩と夏のウグイスはひっきりなしに聞く。ウグイスがいるのだからホトトギスもいるのだと思うけれど。
「ピヨピヨ」をひよこと思ったのは、近くに鶏を飼っている家があり、そこで雛を見ているからだろう。
耳は「保守的」な感覚器官なのかもしれない。「聞こえる音」を「聞いた音」に結びつけて判断する。「聞いたことのない音」は、もしかすると「聞こえない」かもしれない。「ほんもの」「にせもの」とは別に「聞こえる音(聞いた音)」と「聞こえない音」があるかもしれない。
「聞き分ける」の「分ける」はなかなかおもしろいことばだとも思った。
私の耳は「聞き分ける」までは発達していなくて、「聞き、結びつける」という感じでしか働かない。
「分ける」というのはひとつの文化だな、というようなことも感じた。
こういうことは、「音」だけではなく、「ことば」でも起きるかもしれない。
「ことば」を「読み、分ける」、あるいは「読み、結びつける」。
谷川が書いている「にせもの=深い」ということについては、また別の機会に考えることにする。
*
「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。
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目次
小川三郎「沼に水草」2 岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13 タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21 最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28 鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47 佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64 及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
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谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83
オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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