詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

劉燕子「チベットの秘密」、松尾真由美「音と音との楔の機微」

2018-03-12 09:23:22 | 詩(雑誌・同人誌)
劉燕子「チベットの秘密」、松尾真由美「音と音との楔の機微」(「イリプスⅡ」24、2018年03月10日発行)

 劉燕子「チベットの秘密」のことばは独特のリズムと響きをもっている。

闇のなかの白刃に
烈火の玄鳥(つばくら)が時間の沈黙を
レバーの塊にする
轟音と寒風でちぎられ
剥がされた禿鷹は
黎明の肺を噎せかえさせる
君の辞世は蹄で
断崖絶壁をまっしぐらに駆け上がり
ぼくの眼球をめがけて
垂直に釘を打つ

 「玄鳥」「禿鷹」「蹄」は何の比喩だろうか。「白刃」や「辞世」が死を連想させる。そして「轟音」ということばが象徴的だが、ここには強い音がある。ことばにならない音、しかし小さな音ではなく「烈火」のように拡大していく音である。音が音を呼び、「まっしぐら」に動く。「駆け上がる」のか「垂直」に下へ叩きつけられるのか。
 しかもその音は「沈黙」とともに「時間」をつくっている。
 私はいま、谷川俊太郎の『聴くと聞こえる』を読みながら感想を書き続けている。ことばと沈黙、沈黙と音楽がテーマの詩集だ。その谷川のことばと比較すると、劉のことばのなかにある「沈黙」と「音」は非常に硬質なものだとわかる。葉紀甫(すゑ・のりほ)の『不帰順の地』を読んだときの印象に似ている。

涙の重さを量るに中国語が凍てつく
雪が萎えた春の灰燼を燃え上がらせる

 とても強烈だ。
 「意味」というものはいつでも「頭」の先にぶら下がって「頭」を引っ張っていくものだが、劉のことばを呼んでいると「意味(表意文字/漢字)」の奥底から「声」(しかも非常に太い声)が「意味」を突き破って噴出してくる感じがする。
 「涙の重さを量るに」の「に」の凝縮された響きも強い。
 もう一篇「詩人の逝った日」の書き出し。

一匹のミミズが窪地の痩せこけた悲しみを測量する
夏の風は禿頭病を患い
隔離病棟に密集し
トマトの薄皮に産卵する
落日は言葉の絶壁から剥がれ隕石のように落下する



 比較してはいけないのかもしれない、違う視点から読まないといけないのかもしれないが、松尾真由美「音と音との楔の機微」の音は、劉のことばがもっている激しさを欠いている。

             やすらぐために耳を澄ましてたたかうために耳を澄まして
微細なものがこぼれることをどうして確信できるのだろう空気中の見えない塵がきらら
きら惹きつけるから自分も塵となることできらめとき同化できる夢をきらら反転展開さ
せるのだほら耳を澄ませ耳を澄ませわたしたちの音をだすなそれは雑音に過ぎず濁音に
過ぎず(略)

 ここに「沈黙」はあるか。「耳を澄まし」て聞くとき「沈黙」が聞こえるかもしれない。劉の場合は、激しい音と一緒に「沈黙」が噴出してくる。耳を澄ます必要などない。つまり劉の「轟音」は「雑音」や「濁音」ではなく、「透明」なのだ。「清音」なのだ。
 松尾は「弱音」に溺れている。「自分も塵となることできらめとき同化できる」という「視覚」が「聴覚」にかわってしまうところもある。「音と音との楔」と書いているが、その「楔」は「沈黙」でも「音楽」でもなく「視覚の侵入」のように、私には感じられる。





*


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マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
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     *
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谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(28)

2018-03-12 00:03:17 | 谷川俊太郎『聴くと聞こえる』
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(28)(創元社、2018年02月10日発行)

 「風景と音楽」は詩か、エッセイか。こういう文章がある。

 乗り物の中で移動しながら音楽を聞くのが好きだ。窓外を流れる
風景と音楽がひとつになる快さ。

 私はこの「快さ」を体験したことがない。乗り物の中で音楽を聞くのは、たぶん乗り物の中で何もすることがないときだが、私は何もすることがないと寝てしまう。音楽を聞こうとは思わない。
 風景と音楽で思い出すのは、映画である。映画ではいろんなシーンに音楽が流れる。自然には存在しない音が、映像につけくわえられている。私はあまり映画音楽にも興味がない。音楽がない方がおもしろいかも、と思ったりする。
 風景には風景の音があり、それで十分である。
 いまでもときどき思い出すのだが、フィヨルドクルーズの船を待っていたときのことである。どこかわからないが、滝の音がする。周り中に滝があり、どの滝の音か、私にはわからなかった。風があって、その風が旗を揺らしている。ロープがポールに当たり、カンカンと音がする。それは滝の音と非常によくあっていた。いつまで聞いていてもあきない透明感があった。そして、その滝の水だろうか、空気は雪解けの冷たい匂いがした。
 自然の中に「ある」音は、あるとき別の「ある」音と響きあう。それが音楽かどうかはわからないが、私はその「ある」の交渉がおもしろいと感じる。
 これが、私の体験。

 で、谷川の書いていることを、私は一度も体験したことがないなあと思いながら、さらに読み進むと、こうしめくくられる。

 グランド・キャニオン観光のヘリコプターの中で、リヒャルト・
シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』を聞いたことも
ある。ヘリポートを飛び立ってしばらくは平地の林の上を飛ぶ、そ
の間は「炎のランナー」が流れている。突如深さ一・六キロの谷が
真下に口をあける、その瞬間音楽が『ツァラトゥストラ』に切り替
わる。気がついたら驚いたことに自分の目からボワーッと涙が溢れ
ていた。

 うーん。
 映画のシーンについて書いたが、まるで映画だなあ。
 映画でなら、こういうシーンで感動するかもしれないが、実際の風景の中で私は感動できるかどうか、わからない。音楽を忘れて、風景の方に引き込まれていく。
 私は風景と音楽を一緒に楽しむという習慣がない。
 風景(自然)の中で歌を歌うというのは、なんとなく、わかる。「肉体」を「音」にして、自然と交わるという感じ。でも、自然の中で音楽を聞くというのは、気恥ずかしい感じがする。私には。たぶん、私の育った「山の中」では「音楽」というものが日常的ではなかったためだろう。




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長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
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