詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

青柳俊哉「編み靴」、徳永孝「お昼」、緒方淑子「天気雨 AM」、池田清子「若い?」

2021-12-19 12:42:47 | 現代詩講座

青柳俊哉「編み靴」、徳永孝「お昼」、緒方淑子「天気雨 AM」、池田清子「若い?」(2021年12月06日、朝日カルチャーセンター福岡)

 カルチャー講座受講生の作品。

編み靴 青柳俊哉

内省的に踏みしめる  
アベベ・ビキラの 裸足の甲州街道を 
夜 男がひた走る 天秤棒の先に
多摩川の鮎をぶらさげて 母の粉( こ) 引き唄を
想う吉原の女の耳は 月の兎のように恋しい 
リンゴ唄をうたう 津軽の娘たちの頬が
ほんのり白く咲く頃 大橋あたけの夕立に 
裾を乱して走り出す 写楽の女の鼻がぬれる
船頭の背も 瓢箪のとっくりも 雨にかすんでいく
蓑笠をすっぽりかぶって 深い雪に立ちつくす
眠る少女の 柔らかいカンガルーのポケットの
黄色い編み靴の中の 素足の想いが美しい 

 これまで馴染んできた青柳の作品と趣が違う。イメージがさまざまに展開していくのは同じだが、何か印象が違う。それを「人がたくさん出てくる」と受講生が指摘した。風景が変化していくだけではなく、人が次々に変わっていく。そして、それぞれの人が印象深い。日常的な想像とは違うものが結びつけられているからだ。「アベベ」と「裸足」は馴染みのあるものである。この馴染みのあるものを最初に書いて、「走る」のつながりとしてあらわれる男は「天秤棒」と結びつけられる。「吉原の女」は「月の兎」、「写楽の女」は「鼻が濡れる」。この変化にスピードがある。その加速の先に、「眠る少女」と「編み靴」があらわれる。
 ひとつひとつ書かなかったが、この変化、ことばのスピードは楽しい。

お昼 徳永孝

ヨーグルトにカシスジャムを入れて
よく混ぜる
この甘さと酸っぱさがたまらない

サラダも食べようね
うさぎさんのように

次はかたパンにしよう
ライオンさんは
大きな骨をバキッ バリバリ ガリガリ

ぼくは
かたパンをバキッ バリバリ ガリガリ

牛乳と一緒にね
山羊さんもお母さんのお乳を飲んでいるよ
牛乳よりも山羊さんのお乳の方がおいしそうだな

最後は
カカオ92%のチョコレートとりんご

あーあよく食べた
ナッツとドライフルーツはもう止めにしておこう
また今度食べられるからね

お腹がいっぱいになったら
お昼寝だね

 昼食の光景。ことばの末尾の「ね」「よ」「な」に注目した受講生がいた。口語のリズムがいかされている。口語の印象が「ウサギさん「ライオンさん」ということばを引き寄せる。「山羊さん」の連がおもしろいが、この具体的な部分が自然に動くのも、口語のリズムを引き継いでいるからだろう。印象が「浮いてしまう」のをうまく遠ざけている。
 「幸福感」ということばで詩をしめくくった受講生がいたが、この幸福も、人生論的ではなく、口語の、日常的な幸福である。統一感がある。

天気雨 AM

音楽をかけていたから
換気扇はつけたくなかったから
小窓を開けて
お湯を沸かした

洗濯物を洗濯機に突っ込みながら
いつまで経っても沸かないな……
……見たら火は点いてなくて
換気扇がついていた


窓ごしにびわの葉が笑ってた
そんなこともあるよって
びわはカーテンに影を落として
影はもうひとつ
窓の向こうの光の中に

そんなこともあるよって

お湯が沸いた

 台所で湯を沸かす。ふつうの風景。「びわが笑って、窓の向こうに花かある、という描写が美しい」と三連目に注目した受講生がいた。だが、もう少し違う読み方ができるのではないか。三連目は、単純な「風景描写(日常の報告)」ではないのではないか。
 びわはカーテンに影を落としている。その向こうの影はびわの影ではない、と私は読んだ。そこに緒方は何を見たのだろうか。そのことを考えた。繰り返されていることばがある。
 「そんなこともあるよって」
 これは、だれが言ったことばだろうか。緒方自身ではない。「びわの葉」か「びわの葉の影」か。そうかもしれない。しかし、ふつう、びわの葉はことばを発しない。すると、それは何かの比喩、何かの象徴と考えていいのではないか。
 人はいつでも、そこにいない人を思いだす。そのときはもちろん姿も思いだすのだけれど、「声/ことば(口癖)」を通して思いだすこともある。湯を沸かしたつもりが火がついていなかった。これはよくある日常の光景。それに対して「そんなこともあるよ」ということばをかけるのもよくある光景。きっと緒方は、だれかを思いだしているのだと思う。ただ、風景を見ているだけではなく、だれかを思いだしながら風景を見ている。そこに、生きている「時間」がある。他人の「生きている時間」と私の「生きている時間」をことばのなかで重ねてみる。
 美しい描写、気にかかったことばがあったときは、それを他のことばと結びつけてみることが重要だ。重なり合うことで、書かれていないことが浮かびあがる。それを読者が発見したとき、その詩はより美しくなる。

(私の感想の、「びわはカーテンに影を落としている。その向こうの影はびわの影ではない」という部分に、緒方は「カーテンに映った影か、反射して壁に映っている。それを書きました」と説明した。窓ガラスの光の反射が壁に映る。そのときびわの葉の影もいっしょに映る。そういう「二重の世界」を書いたと説明した。そのことは、とてもよくわかる。わかって上で、私は、その「先」を読みたい。書かれているのは、日常のそそっかしさ、ふと見た風景だけではない。「そんなこともあるよって」ということばが二回繰り返されている。つまり、ここにも「二重の世界」がある。「朝の風景、朝の描写」というだけに世界を限定するのは、もったいない気がする。人を思いだしている、と私は読みたい。)

若い?  池田清子

また 渋柿をつるした
お正月飾り、梅干し作り
少しずつ 取り上げられ手放してきた作業が
いっぺんに帰ってきた
忙しいこと

居間の天井のライトが故障
テレビ、プリンター、洗濯機も壊れた
修理か、買い替えか
決断

二人の時は
そうねと相づちをうてば良かった
こっちがいいと選べば良かった
一人になると
ささいなことでも 全て決断を
もう大変

経験とは若い時にするものだと思っていた
違う
最後の最後には
みんな究極の初体験
若!

 作品を書いてくるとき、何か申し合わせるわけではないのだが、不思議と印象が重なり合うことがある。
 池田の詩にも亡くなった夫が出てくる。二人でいたときは分担できたことがひとりになると全部ひとりでしなければならない。その忙しさ、苦労が書かれている。
 この作品でも、受講生が見落としていたことがあった。
 「最終連の、初体験、ってどういうこと?」
 「自分ひとりですること、決断を自分ですること」
 「最後の最後、と書いてあるね。どいういう意味だろう」
 「死ぬこと?」
 「他人が死ぬことは経験している(夫を亡くすことは経験している)。でも、自分が死ぬということは誰も経験していない。自分の死は、誰にとっても初体験だね」
 それはもちろん決断してできることではない。
 詩だけに限らないが、書かれていることばがあれば、一方に書かれていないことばがある。そのことばは作者にはわかりきっていること。その作者にはわかりきっているけれど、書かれていないことばを探して読むと、詩は身近になる。自分のものになる。

 私たちが詩を読むだけではなく、詩の方が、読者を読む。この人は、どんな人だろう、と思って詩は私たちの前にあらわれてくる。


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谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(11)

2021-12-19 10:32:45 | 詩集

谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(11)

 

 

(育んだものは)

育んだものは
胎内で
育まれていたもの

体の
自然が
心を
満たして

愛は
意味なく
優しく

あなたは
ひとり
私に
来る

 「あなた」は私(谷川)、「私」は母、と思って読む。母の立場で谷川の誕生を書いている。そのとき、母が谷川のところへやってくる。書く、読むとき、ことばの方が谷川を読む、ということも起きる。

 

 

 

 

(どの一生も)

どの一生も
言葉に
尽くせない

一輪の
花と
同じく

唯一の
星の
頭上に
開き

誰の
哀しみの
理由にもならずに
宙に帰る

 でも、誰かが「宙に帰る」とき、残された人は哀しむ。その人が「歓び」や「愛」の理由になっていたからだ。だが、谷川はなぜ「どの」一生と書いたのか。「誰の」ではない。なぞだ。「どの詩も」と読むべきか。

 

 

 

 

 

(ゆっくり)

ゆっくり
ゆっくり
老いの
道行

路傍の
花に
目を細め

動の
得より
不動の

だが転ぶ
痣を
名残に

 「動の得より不動の徳」。「より」は比べるときにつかう。「老い」も「若い」と比較しているのか。「路傍の花」も何かと比較している。「転ぶ」も。また、「より」は原因を表すときもある。転ぶことに「より」痣。

 

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