谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(21)
(昨日は)
昨日は昨日
今日にならない
今日は
知らぬ間に明日
手足と
心は
日めくりに
従い
陽を浴びる
草木を
妬む
氷山は
遠い
遺跡も
*
「遺跡も」のあとのことばは? 「従う」か「妬む」か。しっくりこない。「遠い」が落ち着く。自分から「遠い」存在は、どうやって時間を過ごしているのか。「遠い」のは「昨日」か「明日」か。
*
(いつでもどこでも)
いつでも
どこでも
誰でも
同じ
死は
俗
生は
雅
人に
満ちて
なお
自ずから
然る
世
*
「なお」。なぜ、谷川は「なお」と書いたのか。「なお」と書かずにいられなかったのはなぜか。谷川のことばには、どこか、谷川自身の孤独を信じきっていない感じがある。他者にゆだねたいのちがある。
*
(無限に抱かれて)
無限に抱かれて
1はいる
始まりと終わりを
懐胎して
ヒトは
1で生まれ
1で死ぬ
雑音から
生まれた
自分の旋律を
独奏して
(ヒトは皆
体に音楽を
秘めているのだ)
*
「雑音」とは他者の音。他者と出会うとき、自分自身の音が目覚める。1が存在するとき、すでに無限が存在し、無限が1であることを覚醒させる。そのとき音楽、無限とわたりあうための沈黙という音が生まれる。
*
(知ラナイノニ)
知ラナイノニ
分カッテル
気ガ
シテル
僕
答エテルカラ
モウ
問ワナイ
草
キレイ
空モ
小サイケド
イルヨ
僕
*
「イル」ことは「分カル」。「知ル/知ラナイ」を超えた意識のありかただ。言い換えれば「分カル」には意味がない。「知ル」(知識)は他者と共有できるが「分カル」は共有できない。「僕」と同じように。