谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(16)
(悲鳴と喃語)
悲鳴と
喃語
失語と
饒舌
巨大な
火口
大笑い
意味の
素は
無意味
吃る
心
声の
泡
*
最終連、「声の/泡」に私はどきりとした。同級生に吃音の友達がいた。けんかをする。吃音がひどくなる。そのとき口のまわりに泡。見てはいけないものを見た、という記憶が今も頭にこびりついている。
*
(自他の)
自他の
二元を
心は
哀しむ
眼で見つめ
手で掴み
口で
強いるが
億の中で
兆の中で
二は二のまま
一は
私にしか
ない
*
私は、そのつど「二」をもとめている。私には一と二と、ゼロ(無)があると考える。「無」から「一」が生まれ、「無」へ帰るためには、「一」を破る「二」が必要だ。「肉体」として生きているあいだは。
*
(夜 瓶は)
夜
瓶は
倒れる
湖底には
孕む
龍
少年は
独り
華厳経に
溺れ
暁闇の
野に
綻びる
何の蕾か
*
夜、瓶は立ち上がる。湖底の水は龍になって天をつく。少年は経を叩き壊し、ことばの無を龍の眼に託す。蕾は闇を吸収し、大地に送り込む。銀河のような根の広がり。射精しながら、老人は新しい夜を眠る。