谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(13)
(もし死が)
もし死が
あるのなら
そこから
始める
私は
もう
いないが
虚空は
在る
到る所に
目に見えず
耳にも聞こえぬ
ものに
満ちて
*
谷川が「虚空」と呼んでいるものは、私には「無」に見える。まだ名づけられぬもので満ちている。「私」はいつでも「生まれる」可能性があるが、それは輪廻転生とは違う。そのつどの、一回限りの誕生があるだけだ。
*
(手で書き)
手で書き
目で読んで
言葉が
現場
身を
怠って
心は迷う
日々の
魔
一瞬の
天使
どこで
詩は
成就する?
*
二連目。「怠る」と「迷う」。しかし、そのとき「主役」が変わる。怠るのは「日々」、迷うのは「一瞬」か。ここでも「主役」がするりと変わる。ふたつの動詞、ふたつの時間。詩は、そのあいだで瞬くのか。
*
(静寂が沈黙を)
静寂が
沈黙を抱きとめる夕暮れ
書類が
白紙に帰る
子守唄の
旋律の
消えない記憶
明日が
捨ててある
道端
言葉は
枝先に留まっている
天と地の
隙間で
*
「捨てる」ことができるものは、なんだろうか。記憶は捨てても捨ててもよみがえってくる。ことばも。たしかに「明日」(まだ存在しないもの)だけが、捨てることができるものかもしれない。