3月4日、国費留学試験がモンゴルコツ率大学で実施された。
これを受験するため、UBから1,500キロ離れたホブド県の学生12人がマイクロバスに乗ってやってきた。
彼らは西モンゴルで唯一の国立大学、ホブド大学で日本語を学ぶ2年生6人と3年生6人。
車の中で寝泊りして2泊3日。昼夜を徹して悪路を走り続けて来たと言う。
受験後の乾燥は、「勉強しただけの力はだせました」と晴れ晴れとした表情。
首都を始めて訪れた学生は、「街では泥棒に気をつけ、きんちょうしました」と頬を赤くした。
この大学では、3年前、日本語学科が創設され、現在の学生数は68人。将来、ホブドを西モンゴル観光の拠点にしたいと、通訳ガイド、末フプロを要請する目的で日本語を教えている。
たった一人の日本語教師、木本文子さんは、8年間ウランバートルで教えた経験を元に、親身になって学生を指導してきた。
「地方でも日本語を習っている学生がいることを知って欲しい。街の学生よりまじめで熱心に学習するので、教師冥利に尽きます。」と言う。
6日、学生5人と木本さんは日本大使館に一はしたい死を訪ね、面会した。学生たちは、「お金がないので飛行機には乗れません。地方でも受験できるようにお願いします。」と要請した。
突然の面会にも快く応じた大使は、「直ぐには無理だが、」と前置きし、「若い人にはチャンスがいくらでも開ける。頑張ってください」と激励。学生たちは7日の発表を見て帰路に着く。
これを受験するため、UBから1,500キロ離れたホブド県の学生12人がマイクロバスに乗ってやってきた。
彼らは西モンゴルで唯一の国立大学、ホブド大学で日本語を学ぶ2年生6人と3年生6人。
車の中で寝泊りして2泊3日。昼夜を徹して悪路を走り続けて来たと言う。
受験後の乾燥は、「勉強しただけの力はだせました」と晴れ晴れとした表情。
首都を始めて訪れた学生は、「街では泥棒に気をつけ、きんちょうしました」と頬を赤くした。
この大学では、3年前、日本語学科が創設され、現在の学生数は68人。将来、ホブドを西モンゴル観光の拠点にしたいと、通訳ガイド、末フプロを要請する目的で日本語を教えている。
たった一人の日本語教師、木本文子さんは、8年間ウランバートルで教えた経験を元に、親身になって学生を指導してきた。
「地方でも日本語を習っている学生がいることを知って欲しい。街の学生よりまじめで熱心に学習するので、教師冥利に尽きます。」と言う。
6日、学生5人と木本さんは日本大使館に一はしたい死を訪ね、面会した。学生たちは、「お金がないので飛行機には乗れません。地方でも受験できるようにお願いします。」と要請した。
突然の面会にも快く応じた大使は、「直ぐには無理だが、」と前置きし、「若い人にはチャンスがいくらでも開ける。頑張ってください」と激励。学生たちは7日の発表を見て帰路に着く。