熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

日銀福井総裁のインド経済雑感・・・インド経済シンポジウム

2007年05月28日 | 政治・経済・社会
   榊原英資教授の早大インド経済研究所が主催した「インド経済シンポジウム」で、ヤガ・V・レディ・インド準備銀行総裁の基調講演「インド経済の安定成長」に対して、日銀福井俊彦総裁が、コメントを述べ、その後のパネルディスカッションでも、インド経済について語ったのだが、含蓄があって面白かった。
   
   レディ総裁は、インド経済の脅威的な成長について語っていたが、かっては、デマンドプル、内需主導型のサービス経済主導で推移してきたので世界的な経済危機や不況等に影響されずに成長を持続できたこと、投資などの資金需要については主として国内の内部資金によって賄ってきたこと、グローバルなインバランスについて世界的に問題になったことがないこと等々、国内経済の健全性を強調していた。

      しかし、更なる経済成長の為には、大きなボトルネックとなっているインフラ整備が急務であるが、政府資金が不足しているので、PPP(Public Private Partnership)で民活を利用して対処すると言う。
   問題の経済の過熱気味とインフレだが、体制が整わないままに、高度成長に走ってしまったので、あっちこっちに歪と跛行現象が起こっており、安定成長の為に4%にダウンさせると総裁は言うが、不可能であろう。
   福井総裁も外資導入の為の金融市場の開放や近代化を提言していたが、金融セクターの改革が必要だと認識しながらも、国内経済の推移を見ながら外資導入策を推進して行く方針だと、まず、国内経済の健全性と競争力強化を重視して行くと匂わせていたのが印象的であった。

   インド企業のM&Aについては、これまで内向きであったが、グローバル競争に対処するため、規模の経済とハイテク等の知識・ノウハウ・技術を獲得するために益々盛んになるであろうとコメントしていた。

   ところで、福井総裁のコメントで面白かったのは、インドの教育制度が、本来の経済発展段階説を塗り替えてしまったインド経済のサービス経済化の原因ではないか、と言う点である。
   榊原教授が、近著「世界の世界勢力図」でもロストウの経済発展理論を引用して語っているが、これまで各国の経済は、農業生産主体の伝統社会から、工業化の推進によって経済が離陸して、サービス産業優位の高度大衆消費社会へと発展して来た。
   しかし、インドは、この工業化の成熟を見ずに、一挙に、農業経済から、高度なIT主体のサービス産業に移行し、これから、工業化の促進を図ろうとしている。
   これは、インドは、技術教育を主とした高等教育には力を入れているが、初等教育等一般教育が遅れて居る為に良い工業労働者を育成できなかったことが、製造業の発展を阻害しているのではないのかと言うのである。
   
   この点は、レディ総裁も同意していた。
   しかし、インドの貧困問題と格差をなくすためには、工業化を推進して雇用を拡大することが必須なのだと強調していた。
   昔は工業化して製造業を起こすためには大規模なシステムが必要であったが、今日では、製造工程を分類してアウトソーシングすれば良くなったので容易くなって来ていると言う。
   榊原教授が、製造業とIT産業などソフト産業の垣根が曖昧になってきているのだと解説していた。

   因みに、プレイ教授のヨーロッパの労働力と教育水準の調査では、トップ水準の比率は同じだが、義務教育しか終えていない労働者の占める比率が4分の1以下のドイツやスイスと、3分の2近くに達する英国とを比較すると、前者の生産性は後者の2倍以上高く、品質も同程度かむしろ優れているということである。

   インドが、アメリカのバックオフイス業務のアウトソーシングでグローバル経済に組み込まれ、同時に、IT技術を駆使して経済大国への道を走り始めたのは、正に、経済社会が知識情報化産業社会に突入しソフト化した結果であり、膨大な設備とインフラを必要とし、永い伝統と高度な知識と技術の蓄積が必要な製造業が主体であった工業社会との違いを如実に示している。
   中国は、どちらかと言えば、古い形の経済発展段階論の階段を上っているのだが、インド経済の現状が経済学の重要部分である経済発展論を書き換えるであろうと言う事実も非常に興味深い。

   福井総裁は、インドのグローバル規模での発展については、英語、コスモポリタン的な国民性、欧米文化の影響を受けた文化社会等の貢献が大きいとしていたが、これは、以前、シン首相が言っていた「民主主義・法治主義の価値」を民主主義先進国と共有していた社会背景が大切だと言うことであろう。
   1991年まで一時期社会主義的な国だったとは言え、これはマルクス・レーニン主義とは大分異質だったし、この点がソ連や中国との大きな違いで、制度等体制的なソフトパワーの共有は極めて重要である。
   インドは、2025年には日本を凌駕して世界第3位の経済大国になると予測していたが、やはり、若年労働人口とハイテク技術と知識を持った頭脳人口の比率の高さが他国を圧倒していることからも当然かもしれない。
   もっとも、このことは、中国やインドが順調に経済成長を続けて行けば、と言う話であって、この先何が起こるか分からないのが歴史である。

   
コメント
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