詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小笠原鳥類「水族館で、椅子に、座っている」ほか

2007-03-06 13:36:59 | 詩(雑誌・同人誌)
 小笠原鳥類「水族館で、椅子に、座っている」ほか(「分裂機械」18、2007年02月20日)。
 小笠原鳥類「水族館で、椅子に、座っている」。常にことばが分裂する。たとえば、

私が椅子に座っていると動物園の椅子で、まるい水槽が建物の中心にあるのが大きな大きくない水族館。

 動物園のなかに水族館がある、ということだろうか、などと考えても始まらない。小笠原のことばは、客観的な現実を伝えようとはしていない。「まるい水槽が建物の中心にある」という文章に端的にあらわれている。これは一見、水族館と水槽の関係を描いているように見える。だが、それは現実の視線でとらえられた風景、肉眼でとらえられた風景ではない。「私が椅子に座っていると動物園の椅子で」。小笠原は水族館の外、動物園の椅子に座って水族館の建物を肉眼でとらえている。水槽は水族館の建物の内部にある。肉眼では水槽はとらえられない。水族館のなかに水槽があるとしても、それは肉眼でとらえられた客観的な現実であるのではなく、小笠原の意識がとらえている世界ということになる。小笠原の描く世界は、あくまで「意識内」の世界なのである。
 「意識内」では何が起きるか。「大きな大きくない水族館」ということばが象徴的だが、水族館が「大きい」のか「大きくない」のか、という決定はできない。決定ということそのものが不可能である。意識は常に意識そのものに侵略され、揺れ動くからである。そうした揺れ動きそのものが小笠原の意識であり、彼の現実なのだろう。
 意識は常に意識によって侵略される。そのことをもとに引用した文章を読み直してみる。私はとりあえず、動物園の椅子に座って、動物園のなかにある水族館を思い描いている小笠原という人間を想定したが、ほんとうは違うかもしれない。タイトルは「水族館で、椅子に、座っている」であった。これが実際に私たちが肉眼で見ることのできる小笠原かもしれないのだ。小笠原はすでに水族館の椅子に座っている。そして、その姿を意識のなかでもう一度見つめなおしている。その水族館は動物園のなかにあり、動物園の椅子に座って水族館をさっきまでみつめていた、と思い出している。思い出したこと、思い出すという意識によって、いま、水族館の椅子に座っているという現実が侵食されているのである。
 ほんとうは小笠原はどこに座っているのか。小笠原の肉体はどこにあるのか。

水槽……この近くにいるひとたちは指揮者のように準備をしていて、これらかいろんな音を鳴らすのである腕を動かして運動をするんだ、これからひろがるオーケストラを指揮するということを考えて楽譜を読んだり、ピアノを弾いて、だいたいこういう音楽であるのだねということをピアノの上の生き物。

 水槽の描写が動いて行くのを読むと、小笠原は実は音楽ホールにいてオーケストラを聞こうとしている(聞いている)。音が自在に動き回る様子から水族館の水槽を自在に動き回る魚の姿を思い浮かべている、というふうに想像することもできる。
 たぶん、どんなふうに想像したってかまわないのだ。
 小笠原の肉体がどこにあろうと、意識はその肉体があるところに存在するものに侵食されながら、なにも決定しないことによって自在に動き回る。あるいは、あらゆる存在によって侵食された痕跡を残しながら、自在に動き回っていると勘違いしている--それが意識にとっての「現実」であり、そうした現実は「肉眼」とは相いれないものである。ことばの運動によってのみ描けるものである。それが「詩」である、と小笠原は考えるのだろう。

 ことばは自由か。ことばはほんとうに自由に動けるのか。それともことばは現実から侵食されながら、その傷跡をことばの内部に抱え込み続けるしかないのか。
 こういう問題は、たぶん簡単には答えが出せないし、答えを出してもいけないのもなのだろう。
 ことばが現実に侵食される--。この例は、たとえば井原秀治「トリマルキオン食品卸売センター在庫一覧(Ⅰ)」に顕著である。ことばを侵食してくる現実、現実に侵食されたことばを井原は並べ立てている。

★瑠璃色のスカベラ卵のキャビア(神秘回復促進食品)一〇〇ケース
★北氷洋産象あざらしの精嚢(精能力強化食品)一〇〇ケース
★マルドロール虱の佃煮(老衰詩人向け憐憫食品)〇・五トン
★インドラ神の巨大睾丸(未来の詩人たちのための至高滋養食材)一箱

 2行つづけて「詩人」が登場するところが、なんともおかしい。愛着か敵意か。愛憎のいりまじった現実の噴出の仕方がおもしろい。現実に対する憎悪に徹することができないところに井原のやさしさがうかがえる。



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