詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷部良一「一個の小石」

2008-02-26 10:32:39 | 詩(雑誌・同人誌)
 谷部良一「一個の小石」(「火曜日」93、2008年02月29日発行)
 読みながら、どこがいいのか、よくわからなかった。つまらない作品というのではなく、こころをひかれる作品である。そして、その作品の魅力を語ることばを私が持っていない、という意味である。
 全行。

小石のなかの地図は風の唄で
いっぱいだ
小石は木の根っこの端に
だきついて
よじ登ろうとしている
小石はきっと
空になるつもりだ
ほんとうに誰もいないく
小石だけが
鳥を呼んでいる
空のページのなかへ
入っていきながら

それから時には
小石は小川をころげて
駆け下り
海にもなろうとする
小石は海のページに
沈んでいきながら
いきなり
鯨の口へと吸い込まれ
小魚やプランクトンと一緒に
そらとの境目あたりにある
南極あたりを
巡るのだ

そんなことで
空と海は
一個の小石

 石になってみたいなあ、と思わず思ってしまう。
 ことばの大きさと、書こうとしていることがぴったりあっているから気持ちがいいのだと思う。ふと思ったことを、その思ったままの大きさで書いている、そのことばの大きさ。それが気持ちがいいのだと思う。
 詩は(あるいは、詩だけではないのかもしれないが)、書き続けているとことばが大きくなる。ついつい、ことばがことばを超えて、違う姿をみせる。もちろん、そういう違った姿にかわっていくことばの運動こそが現代詩の追い求めているひとつの形なのだが、ここにあるのは、そうした運動とは対極のものだ。大きくなることを拒みながら(という意志が谷部にあるかどうかは少し疑問だけれど)、そこにとどまることで、ことばといっしょにある「気持ち」をゆったりとひろげる。ことばが多くない分、こころの広がりが、一種の反作用(反比例)のようにひろく、大きくなる。

空と海は
一個の小石

 これは論理的には矛盾している。空は空であり、海は海である。そして小石は小石であって、そこには共通するものはない。ましてや空の広がり、海の深さは小石の世界とはまったく違っている。しかし、その違っているものが、ここではとても自然に結びついている。その不思議な融合の仕方が、とても気持ちがいい。

 読み返すと、谷部が細部に目をとめることでことばが大きくなるのを自然におしとどめていることがわかる。たとえば「木の根っこの端」ということばの「端」。そうした小さなものにまず身を寄せて、徐々に動いていく。いきなり大きなものにとびつかない。
 「小石は小川をころげて」の「小川」も同じである。「小さい」川。手に触れることのできるもの。肉体でそのすべてをつかむことができるもの。そういうものにまず視線を向ける。そして、そこから自然に別なものへと移動していく。その動きが、とてもいいのだ。
 3連目の「そんなことで」という1行も、とても気持ちがいい。2連目から3連目にかけては、説明しようのない大きな飛躍があるのだが、その飛躍をなんでもないかのように「そんなことで」と口語で言ってしまう。その響きのなかにある肉体--肉体がことばに触れている感じが、不思議にかわらしく魅力的である。
 この肉体の感じ、ことばと肉体の感じを保ち続けられたらとてもいいだろうなあ、と思う。



 「一個の小石」と比較すると、もう一編の「蜜柑の夕日が」は、ことばが突然「大きく」なる部分があって、そこで私は、すこし興ざめする。比較のために(あるいは、私がここで書いていることを補足するために)、少し書き添えておく。
 「蜜柑の夕日に」の5連目。

蒼穹の黄道に
沿って
後退する
アレージュ氷河の上を

 ほかの連にもどうしてこんなことばをつかうのだろうと思う部分があるが、この連では「蒼穹の黄道に」。谷部はここでは肉体でことばを書いていない。肉体とは無縁のもの、「流通することば」を利用している。そういう部分はつまらない。「木の根っこの端」は手で触ることができる。「小川」も、「ほら、手を浸してみて」と誘いかければ誰でもが触れることができる。でも「蒼穹の黄道」はどうだろう。誰もそんなものがどこにあるか知らない。
 「一個の小石」に書かれていることは肉眼では見えないこと、想像の世界であるけれど、それは身近に、肉体の範囲でしっかりと感じ取ることができる。一方、アレージュ氷河の減少(後退)は肉眼で見ることもできれば、実際にそれを数字として記録することもできる現実である。しかし、「蒼穹の黄道」ということばに邪魔されて、肉眼で見る前に頭の中で完結してしまう。大きなことばは頭の中を簡単に整理してしまう。そこでは詩は生きてはいけない。詩は、ことばが動いていくときに輝くものだからである。

コメント
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