詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

金井雄二「海を想いながら」

2013-11-29 10:26:11 | 詩(雑誌・同人誌)
金井雄二「海を想いながら」(「独合点」118 、2013年11月20日発行)

 金井雄二「海を想いながら」。あ、このタイトルはいやだなあ、センチメンタルな響きがある。と思いながら読むせいか、

小枝の折れる音がした
枯れ葉の色が輝かしい

 ほら、秋の風景。小枝が「折れる」--その「折れる」に含まれる敗北の匂い。抒情詩の定型で始まる。
 でも2行目の「枯れ葉」はセンチメンタルだが「輝かしい」はちょっと違うなあ。輝かしいセンチメンタルがあってもいいけれど、何か、内側に沈滞があるのではなく、動きがある。
 これは何だろうなあ、と思い読み進む。

汗は体のどこから
浮いて出てくるのか
ぼくの足は動く
独りで歩くことの幸福感

 ほう、山登りの「幸福」、そのときの「肉体」の充実のようなものを書こうとしているのか。「ぼくの足は動く」と、まるで「足」そのものがかってに動くような描写がいいなあ。足に力がある。「ぼく」とは関係がない。肉体がかってに力をもっている。それは、その前の、「汗は体のどこから/浮いて出てくるのか」についても言えるかもしれない。汗は汗の思いで動く。足も同じように足自身の思いで動く--そういう「自発性」をもった若い肉体がここにある。
 この肉体の充実の中で、ことばは動いていく。

蜂の唸る音がかすかに聞こえ
樹木の乾いた匂いがし
陽が砂粒のように降る
言葉なんかなくたって
いや
本当の言葉は
この山道にすでに散りばめられていた
ザックを背負って
ぼくはひとつ、そしてひとつ
足を前に出して
確かめてさえいればよかった

 ことばは金井の「頭」のなかにあるのではない。「山道」にある。それに肉体がぶつかり、肉体の交渉することで、ことばが動く。山道にある「もの」と金井の「肉体」がぶつかると、そこからことばが汗のように「浮いて出てくる」。たとえば「輝かしい」、ことえば太陽の光が「砂粒のよう」。この瞬間(時間)が「幸福」。それは「肉体」がつかみとる「永遠/本当(のことば)」。このつかみとるを金井は「確かめる」ということばで描いている。たしかに「つかみとる」よりも「確かめる」の方がいい。つかみとらなくても、そこに「ある」。
 この「ある」は、しかし、自然に「ある」のではなく、金井が歩く人間に「なる」ときに、そこにあらわれてくる「ある」だね。きちんと歩かないかぎり、それは「ある」ではない。あっても、それは「見えない/確かめられない」。「ある」を確かめることができるように「なる」必要がある。
 で、そうして変化した「肉体」が、「永遠(本当)」に触れた金井の「肉体」が、

海を想いながら

 という最終行にたどりつくのだが。
 さて、あなたなら、その最終行までに2行を差し挟むとしたら(2行を書くことで最終行にたどりつくとしたら)、どんなことばを書きますか?

 ここでは、私は「答え」を書かない。金井がどんなことばを書いているかを書かない。「独合点」で、自分と金井と、どんなふうに違うかを確かめてみてください。


ゆっくりとわたし
金井 雄二
思潮社
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西脇順三郎の一行(12)

2013-11-29 06:00:00 | 西脇の一行
西脇順三郎の一行(12)

 「旅人」

汝カンシャクもちの旅人よ

 「汝癇癪もちの旅人よ」でも音は同じだが、「カンシャク」と書いてあるのを読むと何かが違う。「癇癪」という文字を読むときよりも音を強く感じる。いや、音だけ感じる、といった方がいい。
 そして、このとき私の肉体の中で起きていることといえば、はじめてことばを聞いたときの興奮が動く。何か知らないことばを耳にする。「意味」ははっきりとはわからない。けれど、状況からなんとなく「こと」がわかる。そこに起きている「こと」。
 何度か同じ音(ことば)を聞くと、その「こと」がだんだん重なり合って、「こと」が明確になる。
 「カンシャク」というのはいらいらした感じを爆発させてすっきりすることだな。「カンシャク」というのは「怒る」に似ているな。--という感じ。
 そういう「意味以前」の状態へ私をひきもどしてくれる。
 そしてこれからが大事なのだが、「ことば」聞きながら「意味」にたどりつくまでのあいだ、私の場合「音」が気に入らないと「意味」がやってこないのである。その「ことば」をつかう気になれない。聞いてわかるけれど、自分で声に出すことができない。「頭」で「意味」はわかるが、肉体がそのことばを「つかう」気持ちになれない。
 西脇のことばを読んで私の肉体に起きることは、それとは逆である。「意味」はわからない。けれど、そのことばをつかいたい。「頭」が「意味」を「わかる」前に、「声(喉や舌、耳)」がその「音」を「つかい」たがる。
 西脇のことばは、こどもがことばを覚えるときの「口真似」を誘う。「盗作」を誘う。「音」が盗作を誘う。

西脇順三郎詩集 (岩波文庫)
西脇 順三郎
岩波書店
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千人のオフィーリア(81-110)

2013-11-29 05:00:00 | 連詩「千人のオフィーリア」
                                       81 金子忠政
これもヒ・ミ・ツ、
あれもヒ・ミ・ツ、と
かぐわしい逢瀬を逆撫でるように
狢たちがほくそ笑むから
私は、秘すれば花、とつぶやき
越冬の猿のように
食べることにいっしんに埋没し、
まなうらに声にならない叫喚を宿そうとします

                                        82 谷内修三
誰のことばのなかでおきたことなのか、
ひとりのオフィーリアは孔雀の羽根、
もうひとりのオフィーリアはライラックの花、
また別のオフィーリアは枯れ葉、
さらに別のオフィーリアは最初の手紙の一枚を、
読みかけの本の栞にするのだが、
ふたたびことばを追いかけようとすると、
綴じ紐がほどけ、傷んだ本のページが
縁を茶色くさびさせて落ちてきた。

                                        83  市堀玉宗
殺めたる顔して枯野戻りけり

                                        84 小田千代子
振りかへる枯野ハラリと落ち椿 風 散りもせず色褪せもせず

                                         85 金子忠政
墜落を見つめた
オフイーリアは
灼熱の手をさしのべ
夕闇の深紅の椿をひきちぎった

                                         86橋本正秀

我と我が身と契った椿の花をひきちぎった
オフィーリアの深紅な手から垂れ落ちる
暗紅色の血
死んでしまいたい!
と咽ぶ涙声
からは
あの孔雀の羽根や
あのライラックの花や
あの枯れ葉や
あの最初の手紙の一枚が
これまでに綴ってきた
人生のおびただしい詩片
とともに
色鮮やかなパウダーとなって
飛び散り
やがて
消えていった

あゝ死んでしまいたい…

                                        87 市堀玉宗
瘡蓋を剥がしてをれば白鳥来

                                        88 小田千代子
待ちわびた開かずの間でのその奥のうごめく気配に耳そばだてぬ

                                         89 田島安江
開かずの間に閉じ込められて
あなたの魂は眠ったまま
オフィーリア、出ておいで
光が流れる
水が揺れる
するすると蛇さえ這い出てくるほどに

                                      90    坂多瑩子
薄い雲をかきわけて
這い出てきた目
死にたいのメールに
返信できない絵文字が
虹のように空をよこぎる

                                         91  橋本正秀
神一夜

オフィーリアのうごめき
衣衣(きぬぎぬ)の気配

スティグマの呪文が地を覆うなか
オフィーリアの血で描かれた絵文字
が黒闇を照らし
空をよぎる呼びかけに
嗚咽の絵文字が
きれぎれの
朱に染まった絵文字が
蛇のようにうねり出ようともがいている

                                          92 山下晴代

その蛇は、クリューセーの、崩れかけ今は訪れる人もないアテネの神殿を守る水蛇。
この戦争に勝つためには、おまえとその弓がいるのだと、オデュッセウスは、ピロクテテスに言い、さてと、と、トロイア王は、ひとりごちた──わが息子パリスが連れ帰った、千人のヘレナをどう養ったものか。

                                        93  市堀玉宗
色褪せぬままに沈める散紅葉愛の虜の影ぞ空しき

                                        94 橋本正秀
ヘレナを窺う目の端から舌を覗かせて
インテリ風の男が声をかけようとしている
もう何回目だろうか
身構えてはやめ
やめては身構え
を繰り返している
そうすることが存在そのもののようにさえ
なりつつあった
声をかけようとするのだが
声をかけるわけではない
声をかけられるわけではない
男の脳内をメフィストのバリトンが響き
川の精霊たちの囀りや歌声が
バリトンをピンクノイズとなって包み込む
男の舌は自分の目をぺろりと舐めんばかり
男は息をつめて幻のヘレナたちをみつめるばかり
こうして夜は更けて
空一面にジュピターの輝きがいっそう増していった

                                        95 小田千代子
相触れず清き虚しき影ひとつ愛の奴隷の旅は止まらず

                                        96  金子忠政
叙情に流されかかる
オフイーリアは
これから数限りないであろう
法の寄食者たちの
密会を暴くため
沈黙をひしめかせ
あおくひかる水面に
溺れかかって、
右へ左へ
しなる しなる

                                         97 谷内修三
朱色の夕暮れが水におぼれ、
緑の水の中でまじりあう。
黒い水の皺。
裏返るときの金色。
歌を載せた船が
扇形の模様をひいて
のぼっていくのを
河口の橋から見ていた影。

                                        98 市堀玉宗
冬のゆふべは書き損じたカルテのごとし

                                         99 田島安江
朱色の夕暮れが
窓ガラスを突き抜けて
空をみていたオフィーリアの
心のなかまで覗いてしまった
風に揺れる黄葉のような
冬のゆふべ
心はどこに行けばいい

                                         100 金子忠政
海の底へ潜行していくように
冬の曇天へとさまよわせ
宙をつかみ
虚空を舞う手は
カサカサの絶版のページに
大天使を描く
徒労を重ねる
ただそれだけのために
明るい 明るい とても、
とても明るい

                                        101 山下晴代
「はい、こちら、ガブリエル。今から"受胎告知"のお仕事にでます。行き先は当然、あの方……。千人のマリアから千人のキリストが生まれたら、いったいどーなる? その後の世界は」
「♪しあわせが大きすぎて、悲しみが信じられず……」と、ザ・ピーナッツは歌っている。曲は、当然『恋の……』オフィーリアならぬ、"オフェリア"です。

                                         102 橋本正秀
胎児が赤剥けた体を
震わせて誕生する
黄葉の森

水膨れの
肉厚の
絶版の
このページに
類人猿の幼形を保ったままの
胎児は
成熟したかのように
これまでの人生を
書いて書いて書き連ねて
眠る 眠る 眠る

そして朝

よだれまみれのページから
文字は消え失せ
黄色いページだけが
明るく
光っている

                                       103 市堀玉宗
子を宿す絶望に似てこの寒さ

                                         104 二宮 敦
堕胎は大体いかん
太宰は大抵あかん
大帝は最高たらん
垂乳根の母なる腹に子は宿り
ヤドカリはどこにいる
イルミネーションの末裔に
歳末に売り出しあらん
ALSOKには吉田びらん
ビリージョエルのエンディング

                                       105 金子忠政
コケティシュに鼓舞され
苔むす国家へ孤高として
昏倒しながら
小賢しく攻撃をしかける
荒唐無稽の小鬼たちは
小癪なこそ泥のように
ことごとく困惑させるから
サクサク素敵だ
素敵は無敵
無敵は素敵な造反有理
ああ・・・
やるせなさを孕んで
セシウムが空を行く
旋回して
千回地に墜ちて・・・
ジクザグに蝕む
何を蝕む?

                                         106 二宮 敦
コント55号こそセシウムの膿のおやだす
と描きしは
蚊の垢まみれ不二雄
かゆし痒しかりゆし
沖縄の空は
コバルトのごとく
セシウムの君より
五つ歳(とせ)上なりや

                                         107 橋本正秀
素敵な無敵なコント
ゴーゴーとのたうつ的屋の
手の内サンザン
シーシーと
ニャンコとワンワン
ワンダーブルー
ブルーな ブルーな
ブルーな
胎児の脳の
リフレイン
絶望
そう
絶望のみが
希望なの 所望なの
朝に
胎児たつ

リプレース リプレー

                                        108 山下晴代
絶望だけが人生だ、ダザイです。え? ダサイじゃありません。ダザイです。ほら、玉川上水で「成功=性交」した。
どうでしょう? オフィーリアと私の共通点は、周知のとおりでありますが、ワタクシ、さまざまな女と「入水経験アリ」ですから、いいでしょう。千人のオフィーリア、引き受けましょう。でも、言わせてもらえば、私といっしょに「飛び込んだ」女たちは、すべてオフィーリアだったのです。

                                      109 市堀玉宗
人間不信おしくらまんじゆう抜けしより だすげまいねとだすけまいねと

                                        110 二宮 敦
オフィーリアの増殖こそ
彼女の意図する孕みだった
エイリアンに
全ての時代が悩まされ
苦悩するリフレイン
いつ果てることもない輪廻
救いの神仏の登場さえ
謀られた愛の刻印に過ぎぬ
ゆえに全てはまた回帰する
虚脱も離脱も逃避も回避も
許さなれぬ宿世へと
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