詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

石毛拓郎「懐風荘ノルタルジア」

2013-11-28 10:34:31 | 詩(雑誌・同人誌)
石毛拓郎「懐風荘ノルタルジア」(「飛脚」5、2013年12月01日発行)

 また石毛拓郎の作品の感想を書いてみる。私は好き嫌いの激しい人間なので、好きな作品にはどこまでもついていく。あるいは、好きな作品は、作者が何を言うかは関係なく、自分が「おいしい」と思うまで、あれこれとことばをかきまぜて、まったく違うものにしてしまう。読んだら最後、そのことばは作者のことばではなく、読んだ人間のもの。ほら、料理の食材って、生産者のものではなく、それをどうやって食べるか、という、食べる人のものでしょ? --と、強引に書いておく。
 「懐風荘ノルタルジア」は、石毛が「年少のころに、うろつき回った」土地について書いている。土地というのは、そこに人がいて土地になるという性質をもっているので、どうしてもそこにいる人のことを書くことになるのだが。あるとき、帰省して、そこで隣家の老婆の葬儀に立ち会う。

敗戦後のこと、母親は、産後の肥立ちが悪かったので、わたしは、
隣家の老婆が大事に飼っていた山羊の乳で、育てられたそうだ。山羊の母乳だ。
不思議なことに、彼女が亡くなってみると、
彼女が大切にしていたもののあれこれが、愛しく思えてくる。

 人が死んだとき、その人の「肉体」の隠していたもの、その「肉体」の背後にしっかりと結びついて存在していたものが、ふいにあらわれてくる。きのう読んだ田中秀人『夜の、ガンジス』のなかに出てくる先生は死んではいないのかもしれないけれど、目の前から存在しなくなって(日常的に会うことがなくなって)、その結果、その背後の「風景」が見えてきた。--そういうことが、ある。

たとえば、隣家の屋敷の裏手には、タブの巨樹がざわめいている。
そのタブが風よけとなって、まるで老婆の心根のように、秘めやかに佇み、
いつも、手入れの行き届いている「鶏小屋」が、水脈の傍らにあった。
鶏たちの仕草や立ち振る舞いと一緒に、背中をくの字に曲げた老婆の姿を、
じつに、鮮明に、想い起こさせてくれるのだった。

 というのは、まあ、思い出の導入部で……。

さきほどの鶏小屋の中で、鶏にエサをやるち老婆がいる。人々の集う死者の家。
(彼女は、ただいま棺に納まっている、その人である)
葬送の準備に忙しく、小屋の彼女の気配に、気づく者はいない。
一通りのことがすんだあと、だれかが声をあげる。
「あっ、朝から、鶏にエサをやるのを、忘れていたっぺ」
だが、鶏小屋を見回ると、鶏は、たっぷりとエサをもらっていた。その報告を聞いて、
「これは、どこの、だれがやった、仕事だや」
ひとりが尋ねれば、満座が、横に首をかしげる。
「どっかの婆さんが、気を利かせたんだっぺ」と、皆で、口々に言い合っている矢先に、
ひとりの老婆が、着物の裾を腰にからげた格好で、よたよたと鶏小屋へむかうではないか。
鶏小屋の「水入れ」を、大事そうに両の手でかかえながら……。
「婆さん、ごくろうだなや」
満座のひとりが声をかけると、一瞬、振り返って笑う。
(その笑いは、よくよくみれば、亡くなった婆さんではないか)
平生、腰が曲がった歩行にも、裾を腰にたくしあげた身なりで、
水を運ぶ格好にも、見覚えがあるはずだ。
「おやおや」と、思う間もなく、満座居並ぶ軒先を通り、
呆然としている顔見知りをよそに、鶏小屋に入り、
「ほれ、ほれ」などと言いながら、水を与え、二つ三つ、小屋の中を回ってから、
棺を納めてある座敷の方に行くやいなや、その座敷の奥から、
「婆さんが、きたぞ」驚きともつかぬ、歓声がする。

 死んだはずの婆さんの姿を全員が「見る」。--これは、いわば「幻想」だけれど、全員が婆さんの姿を共通のあり方で思い出せるくらい、その姿はなじんでいたということだろう。
 それ以上何も言うこともないのだが。あえてつけくわえるなら、

水を運ぶ格好にも、見覚えがあるはずだ。

 この行の「見覚え」--これが、この作品の(そして石毛の「肉体/思想」)の核心である。葬儀に連なっている人が、全員で老婆の「日常の姿」を思い出した。それは「覚えていた」からである。それも「頭」ではなく「見/覚え」ている。「見」は「目」である。「目」で「覚え」ているから、その目が、水入れをもって、着物の裾を腰にからげた格好でよたよたと歩いている姿を再現する。ことばは、その「見覚え」を追認する。
 そして、「肉体」は分離できないものだから、つまり「目」と「耳」は別々のことばで呼ばれているが、それぞれ独立して取り出すことのできないものだから、「見/覚え」(目/覚え)は、同時に「耳」で「覚え」ていること、「聞き覚え」のあるものをも「いま/ここ」へ引っ張りだす。

「ほれ、ほれ」などと言いながら、水を与え、

 婆さんは、鶏に水をやるとき(たぶんエサをやるときも)、「ほれ、ほれ」と鶏に声をかけていた。その「声」を葬儀の参列者は耳で覚えている。
 「頭」の「記憶」ではなく、「頭」が合理的に整理した記憶ではなく、「肉体」がまるごと、どんな形にもととのえることなく覚え込んだものが、「いま/ここ」にあらわれている。
 人の暮らしは「頭」で合理的に整理しなくても、きちんと動く。
 「暮らし」は「肉体」と「肉体」が出会う場であり、そこでは「頭」ではなく、「肉体」が人と人をととのえ合うのである。「合理的」に整理するのではなく、互いにふれあって、必要な距離をつくりだして行く。
 何のことかというと……。

「婆さん、ごくろうだなや」

 この「あいさつ」。この「声」。
 先に「見覚え」(目)「聞き覚え」(耳)について書いたが、この「あいさつ(声)」は「口」のものである。「口」も覚えている。
 「婆さん、ごくろうだなや」は「頭」で考えて、それから発することばではなく、働いている婆さんを見たときに、即座に出てくる「声」である。それは「ねぎらい」というより、「あいさつ」なのだ。きょうも、婆さんが元気で働いているのを見たよ、という報告でもある。
 婆さんのことを「肉体」で覚えている人が集まると、その「肉体」同士が刺戟し合って、「目」「耳」「口」を励まし合って、そこにひとりの人間を浮かび上がらせる。それは「幻想」ではなく、「肉体」の実感なのである。
 婆さんが死んで、不在になった。その「不在」へ向けて進んでいく「肉体」がぶつかりあって、「肉体」が覚えていることが、瞬間的に思い出され、ひとつの「像」になる。それは「肉体」のなかに動く「実像」である。「内臓」が外から見えないように、この「肉体が覚えている実」は、外からは見えないが「実在」する。「実存」する。だから「実像」と呼ぶしかない。


石毛拓郎詩集レプリカ―屑の叙事詩 (1985年) (詩・生成〈6〉)
石毛 拓郎
思潮社
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西脇順三郎の一行(11)

2013-11-28 06:00:00 | 西脇の一行
 「失楽園/内面的に深き日記」

穿いてゐるズボンのやうに筋がついてゐないので

 直前の行は「ミレーの晩鐘の中にゐる青年が」である。その青年が穿いているズボンにはすじがついていない。農夫なのだから、まあ、あたりまえだろう。筋のついたズボンを穿いて農作業をするひとはいない。--ということは、ふつうは、農夫が穿いているズボンに筋がついているかどうかを人は気にしないで見ている。それは見落としている「風景」である。見ていても、見えない姿である。
 いままで知らなかった(気づかなかった)風景を、ことばで見せられたとき、私はびっくりするが、それは「美しい」風景でなくても衝撃的である。「美しくない」風景の方が衝撃的かもしれない。
 この一行には、後者の「衝撃」がある。
 あらゆるものは、ことばに「なる」と美しくなる。


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