監督 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 出演 アメリカの自然と光 レオナルド・ディカプリオ
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」から一転、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは人口の光(舞台)から屋外(自然)へとカメラを移し、そこで長回しをしている。
冒頭、水が流れている。この水が、しかし、どこへ流れているのかよくわからない。手前(観客席)に向かって流れているのか、左へ流れているのか、奥へ流れているのか。見方によって水の流れは変わるし、自然は広いから、方向を「どこ」と決めてみたって始まらないのかもしれないが。その水の流れだけでさえも、光はさまざまに揺れ動く。変化が、激しくて、なおかつどこまでも連続しているので、目の悪い私は、その動きを見ているだけで酔ったように気持ち悪くなる。
あ、困った。
冬の山岳地帯なので、色は少ない。もっぱら「灰色」のグラデーションの変化がつづく。現実にはもっと暗い色なのだと思うけれど、映画になるように、いくらか明るくなっているかもしれない。それでも、暗い。暗い光の変化が、この映画の「主役」といっていいくらいだが。
あ、困った。目が悪い私は、ほんとうに疲れてしまった。
日本の都会では見ることのできない「本物の雪の色」の変化、山の空気(空気に含まれる水分の濃淡)、それがつくり出す遠近感は美しいし、下から見え出る樹木の美しさ(日本の木々のようにねじ曲がっていない)にうっとりしてしまうし、空の変化にも思わず感嘆の声を上げそうになるが。
あ、困った。
こんな「本物」の自然のなかでは、人間のやっていることはたかが知れている。人間のドラマが描かれているはずなのに、ぜんぜん、人間に目が行かないのである。レオナルド・ディカプリオは念願のアカデミー賞(主演男優賞)を受賞しているが、「演技」に対してというよりも、まるで「功労賞」のようなものだね。ここでやっているのは「演技」ではない。
だいたい「演技」というのは「嘘」であり、その「嘘」の魅力は「真似したい」という欲望を刺戟するかどうかである。
たとえば「ゴッドファザー」のマーロン・ブランド。口に綿をつめこんで、何やらあいまいな発音でしゃべり、手をゆっくり動かす。猫の背中をなでる。その姿が、漆黒の暗闇のなかでかすかに浮かぶ。そういうシーンで、家でやってみたくなるでしょ? あるいは「セッション」の教授。「リズム/テンポ」を厳しく数えながら、「遅い」「速い」とかなんとかわめきながら平手打ちをバシッバシッ。かっこいいよなあ。
女優で言えば、そうだなあ。「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーン。「印象的な都市は?」と記者に質問されて「どの都市も……」といつもどおり言おうとして「ローマ」と言い直す瞬間とか、スクーターに乗ってはしゃぐシーンとか、椅子をふりまわすシーンとか。
子役だって、そう。「木靴の樹」のミネクの「水のなかには生き物がいっぱいいるよ」と父親に話すシーン、一生懸命「L」の文字を書くシーン。「みつばちのささやき」のアナが浮浪者に「ほら」と林檎を差し出すシーン、朝の食卓で父親が懐中時計のオルゴールを鳴らしたとき、はっと顔をあげるシーン。
そういうのって、やってみたいよなあ。自分で真似して、そのとき役者のなかで動いていた感情を体験しなおす。ストーリーのなかに入り込む。それがないと「演技賞」とは言えない。
この映画で、ディカプリオのどの「演技」を真似したい? 死にかけて、生き延びて、匍匐前進するところ? 馬のはらわたを取り出して、そのなかで寒さからのがれるシーン? 咽の傷を焼いてふさぐシーン? うーん、真似したい気持ちになれないなあ。瀕死の状態だったのに、食べ物もなく、冷たい川のなかにも飛び込んで、こんな具合に生き延びられるわけがないなあ、嘘だなあ。「映画」とはいえ、あまりにも嘘っぽい。
本当の話、らしいけれど。(どこかで、ちょっと聞いたことだけれど。)
だいたい明るさと軽さ、あるいは透明感がディカプリオの「本質」なのに、こんな暗い映画は、どうも似合わない。これは私の偏見かもしれないが、「ブラッド・ダイアモンド」あたりから、ディカプリオは「演技」をしすぎて、つまらない。
アメリカの山岳地帯の冬の空気と光を知りたいひとは見てください。
あ、一か所、銃を撃ったあと、その音の影響で雪崩が起きるシーンがあって、ここはすごいね。それをそのまま撮っている。遠くではあるんだけれど、その雪崩に動じずに演技も撮影もつづいているシーンは、「わっ、リアル」と叫んでしまういそうだった。
(天神東宝5、2016年04月24日)
*
「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」から一転、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは人口の光(舞台)から屋外(自然)へとカメラを移し、そこで長回しをしている。
冒頭、水が流れている。この水が、しかし、どこへ流れているのかよくわからない。手前(観客席)に向かって流れているのか、左へ流れているのか、奥へ流れているのか。見方によって水の流れは変わるし、自然は広いから、方向を「どこ」と決めてみたって始まらないのかもしれないが。その水の流れだけでさえも、光はさまざまに揺れ動く。変化が、激しくて、なおかつどこまでも連続しているので、目の悪い私は、その動きを見ているだけで酔ったように気持ち悪くなる。
あ、困った。
冬の山岳地帯なので、色は少ない。もっぱら「灰色」のグラデーションの変化がつづく。現実にはもっと暗い色なのだと思うけれど、映画になるように、いくらか明るくなっているかもしれない。それでも、暗い。暗い光の変化が、この映画の「主役」といっていいくらいだが。
あ、困った。目が悪い私は、ほんとうに疲れてしまった。
日本の都会では見ることのできない「本物の雪の色」の変化、山の空気(空気に含まれる水分の濃淡)、それがつくり出す遠近感は美しいし、下から見え出る樹木の美しさ(日本の木々のようにねじ曲がっていない)にうっとりしてしまうし、空の変化にも思わず感嘆の声を上げそうになるが。
あ、困った。
こんな「本物」の自然のなかでは、人間のやっていることはたかが知れている。人間のドラマが描かれているはずなのに、ぜんぜん、人間に目が行かないのである。レオナルド・ディカプリオは念願のアカデミー賞(主演男優賞)を受賞しているが、「演技」に対してというよりも、まるで「功労賞」のようなものだね。ここでやっているのは「演技」ではない。
だいたい「演技」というのは「嘘」であり、その「嘘」の魅力は「真似したい」という欲望を刺戟するかどうかである。
たとえば「ゴッドファザー」のマーロン・ブランド。口に綿をつめこんで、何やらあいまいな発音でしゃべり、手をゆっくり動かす。猫の背中をなでる。その姿が、漆黒の暗闇のなかでかすかに浮かぶ。そういうシーンで、家でやってみたくなるでしょ? あるいは「セッション」の教授。「リズム/テンポ」を厳しく数えながら、「遅い」「速い」とかなんとかわめきながら平手打ちをバシッバシッ。かっこいいよなあ。
女優で言えば、そうだなあ。「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーン。「印象的な都市は?」と記者に質問されて「どの都市も……」といつもどおり言おうとして「ローマ」と言い直す瞬間とか、スクーターに乗ってはしゃぐシーンとか、椅子をふりまわすシーンとか。
子役だって、そう。「木靴の樹」のミネクの「水のなかには生き物がいっぱいいるよ」と父親に話すシーン、一生懸命「L」の文字を書くシーン。「みつばちのささやき」のアナが浮浪者に「ほら」と林檎を差し出すシーン、朝の食卓で父親が懐中時計のオルゴールを鳴らしたとき、はっと顔をあげるシーン。
そういうのって、やってみたいよなあ。自分で真似して、そのとき役者のなかで動いていた感情を体験しなおす。ストーリーのなかに入り込む。それがないと「演技賞」とは言えない。
この映画で、ディカプリオのどの「演技」を真似したい? 死にかけて、生き延びて、匍匐前進するところ? 馬のはらわたを取り出して、そのなかで寒さからのがれるシーン? 咽の傷を焼いてふさぐシーン? うーん、真似したい気持ちになれないなあ。瀕死の状態だったのに、食べ物もなく、冷たい川のなかにも飛び込んで、こんな具合に生き延びられるわけがないなあ、嘘だなあ。「映画」とはいえ、あまりにも嘘っぽい。
本当の話、らしいけれど。(どこかで、ちょっと聞いたことだけれど。)
だいたい明るさと軽さ、あるいは透明感がディカプリオの「本質」なのに、こんな暗い映画は、どうも似合わない。これは私の偏見かもしれないが、「ブラッド・ダイアモンド」あたりから、ディカプリオは「演技」をしすぎて、つまらない。
アメリカの山岳地帯の冬の空気と光を知りたいひとは見てください。
あ、一か所、銃を撃ったあと、その音の影響で雪崩が起きるシーンがあって、ここはすごいね。それをそのまま撮っている。遠くではあるんだけれど、その雪崩に動じずに演技も撮影もつづいているシーンは、「わっ、リアル」と叫んでしまういそうだった。
(天神東宝5、2016年04月24日)
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