詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(50)

2019-02-07 09:41:22 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
50 一夜

その部屋はいかがわしい料理店の上に
隠れていて、貧しく、俗っぽく、
窓からはうすぎたない細い
路地が見える。下の方から
のぼってくるのは労働者たちが
トランプの勝負に熱中する声。

 二連で構成されているのだが、私は、この前半がとても好きだ。特に、後半。「下の方から/のぼってくるのは労働者たちが/トランプの勝負に熱中する声。」がカヴァフィスらしいと思う。
 耳の詩人。
 単に声を聞いているのではない。「下の方から」聞こえてくるのではなく、「のぼってくる」。その「動き」を聞いている。この「動き」のために、恋人の姿も見えてくる。
 その日、カヴァフィスと同じ部屋にいたのは、そうした労働者のひとり。彼と一緒にカヴァフィスは二階へのぼった。恋人はカヴァフィスと快楽をともにしながら、こころは下のトランプ勝負に引き返していたかもしれない。かるいはカヴァフィスは一緒に来なかった別の男の声を探していたかもしれない。
 つまりその瞬間も、カヴァフィスは裏切られていた。そして裏切っていた。
 「一夜」は「ある一夜」というより、「一夜かぎり」の「一夜」だろう。
 そういうことも感じさせる。

 池澤の註釈。

 昼間灌漑局で働いた詩人は夜毎かかる「いかがわしい」料理店の類へ足を運んだらしい。/その一夜の具体的な記憶がずっとあとになって詩人を襲う。細部が保存されているだけにこの記憶はこころを動かす。


粗末な安物の寝台の上に
わたしの愛の肉体、わたしの快楽と
陶酔の薔薇色の唇があった--
その陶酔の薔薇色は歳月を隔てて、
家で一人これを書いている今も!
わたしをまた酔わせる。

 「陶酔の薔薇色」の繰り返し。抽象が「音楽」になって肉体に入り込んでくる。












カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


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