詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(64)

2019-02-21 09:57:50 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
64 夕刻

その快楽の日々の谺のひとつが、
それらの日々の谺のひとつが、いま、身近に戻ってくる。
若いわたしたちが分けあった火の一部が戻ってくる。
わたしは一通の手紙を手に取って、
あたりが暗くなるまで何度も何度も読みかえす。

 「一通の手紙」はいつの手紙だろうか。きょう来た手紙だろうか。「会いに行く」と知らせる手紙が、かつての恋人から届いたのだろうか。
 そうではなくて、若いときの「約束の手紙」を再び読み返しているのだろう。恋が、そのときの快楽が戻ってくるわけではない。記憶が戻ってくる。谺のように、離れたところから、まったく同じ声が。
 カヴァフィスの詩は短い作品に「繰り返し」が多い。この詩でも「谺」が繰り返されている。「戻ってくる」も繰り返される。繰り返すことで、そのことが近づいている感じがする。「何度も何度も」が切ない。近づき、距離がなくなり、一体になる。
 「戻ってくる」は「読み返す」の「返す」に通じている。読み返すことで、「戻ってくる」のではなく、「戻っていく」のだ。記憶が近づいてくるのを待っているだけではない。記憶に近づいてゆく。
 そしてこの「近づいてゆく」という感じが、そのまま最終連へと動いていく。カヴァフィスは「部屋を出てゆく」。記憶の街へと。

そして憂愁の思いと共にバルコニーに出る--
愛する町を目のあたりに見て、
街路と焦点の人の動きを見て、
少しでも気分を変えようと部屋を出るのだ。

池澤の註釈。

おのれを仮に老人と見なして詩作する場合が多い。ひとつには官能は過去のものとして距離をおいた方が詩に乗りやすいということもあったろうし、内容も慎みぶかくなっただろう。













カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする