詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

八木忠栄「母親・父親・兄」

2019-08-31 22:30:20 | 詩(雑誌・同人誌)
八木忠栄「母親・父親・兄」(「交野が原」87、2019年09月01日発行)

 八木忠栄「母親・父親・兄」は、たぶん、ほんとうのことなんだろうけれど、嘘であってもかまわないくらいに楽しい。八木の結婚前のことが書いてある。いわゆるデートの様子が書いてある。
 デートに、N子の母親がついてきた。それで、何があったかというと。

御苑を出て間もなく三人で入った新宿の食堂で、カレーライスを注文した。その
とき私は、実家でしていたようにカレーライスにソースをかけて食べた。母娘は
遠慮がちに驚いていたようだ。そのことははっきり今でも憶えている。

 いや、何があったかというより、何を覚えているか。問題は、これだね。覚えていることだけが、ことばになる。そして、その覚えているということは、不思議な「広がり」をつかみとる。
 あ、そうだった。昔は、カレーライスにソースをかける、ということは特に珍しいことでもなかった。食堂にソースが置いてあった。そのソースも一種類ではなく、ふつうのソース(?)とは別に「豚カツソース」というものまであったなあ。「薬味」が加わって、ソースよりも「どろどろ」感が強い。
 きっと昔のカレーはまずかったのだ。カレーを食べるというよりも、大げさに言えば、ソースで味付けして、なんだかよくわからないものを食べるという感じ。
 しかし、詩の眼目は、そこにはない。

母娘は遠慮がちに驚いていたようだ。

 八木は、カレーもソースも、その味を覚えていない。覚えているのは、母娘が八木を見ていた。その視線に八木が気づいた。母娘はカレーにソースをかけなかった。行動の違いが、「驚き」を生んだ、というそのこと。
 「驚き」は、どこにでもある。そして、それをことばにすれば、そこに詩が生まれてくる、という事実がここにある。
 この詩には、まだまだつづきがある。「父」も「兄」も出てくるが、彼らが出てくる前に、母親がもう一度登場する。二度目のデートだ。

             唯一記憶に鮮明なのは、母親が手作りの栗ご飯のお
にぎりを持参したこと。その素朴さに内心驚いた。母親と、栗ご飯のおにぎり付
きデート。両者は妙にしっくり符合していた。

 今度は、八木が驚いている。
 いや、カレーのときも、八木は驚いたんだろうけれど、母娘の驚きによって八木が驚かされた。今度は、母娘は驚いていない。当然と思っている。(か、どうかは、わからないけれど。)
 で、この「驚き」。八木は「内心驚いた」と書いている。表にはださなかった。でも、つたわっただろうなあ。「内心驚いた」は「遠慮がちに驚いた」とは違うんだけれどね。この「違い」もおもしろいなあ。
 覚えているのは、もしかすると、「遠慮がちに驚いた」と「内心驚いた」の違いかもしれないぞ、とさえ私は思うのだ。「驚く」という「動詞」が書かれていなかったなら、この詩はぜんぜん違っていただろうなあと思う。
 これに比べると、後半、父と兄が出てくる部分は、ちょっとつまらない。兄の行動は風変わりだが、つまらない。なぜかなあ、と言えば、そこには「驚き」が書かれていない。事実は「驚き」によって、強いものに変わるのだと教えられる。







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