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「慰安婦」問題
自民党憲法改正草案を読む/番外283(情報の読み方)
「慰安婦」の問題が話題になるとき、とても奇妙な論に出会うことがある。主に「嫌韓派」のひとたちが主張するのだが、その内容を簡単に要約すると、次のようになる。
①日本人も戦争末期の引き上げ時に、大陸や朝鮮半島で性被害にあっている。そのひとたちの救済はどうするのか。
②なぜ韓国人女性だけが救済されなければならないのか。韓国女性については「日韓合意」で解決済みである。
③日本人女性も韓国に保障を求めてもいいのか。
ここから、私はいろいろなことを考えた。学ばされた。
引き上げ時の日本人女性の性被害は「二日市保養所」の記録に生々しく残っている。だから多くの人が知っていると思う。日本人女性が性被害にあってはいないとはだれも思っていない。さらに日本人女性も「慰安婦」だったことを忘れてはならない記憶として語り始めている。日本人女性の中にも日本軍の犠牲になった人がいたのだ。
そういう現実を踏まえて言うのだが。
日本の女性が、性被害の賠償を求めるという権利については、私は何の問題もないと思う。求める相手先が韓国政府になるのか日本政府になるのか、それはひとりひとりの体験によって違うだろうと思う。
ただ問題は、そういうことが簡単にはできないということだ。
ひとつは「加害者」の特定がむずかしいことにあるが、それ以上に問題をむずかしくさせているのが、日本の「風潮」である。
つい最近、こういうことがあった。
④安倍に近い人物がジャーナリスト志望の女性を強姦した。逮捕状が出ているのに逮捕されず、起訴もされていない。
⑤財務省の時間がセクハラを起こした。これに対して麻生は「セクハラ罪というものは存在しない」と擁護した。
日本では女性の性被害を、「被害」と受け止め、女性の側に立つ視点が欠如している。とくに「権力側」に欠如している。
こういう状況では、女性は被害を訴えたくても訴えられない。
先に書いた「二日市保養所」は何のためにあったか。そこでおこなわれた手術はなぜ「匿名」だったか。それを考える必要がある。
「慰安婦」だった日本人女性も、自分の体験を語ることができるようになるまでには時間がかかっている。被害者なのに、なぜ、被害を訴えることができないか。
女性の被害を被害として受け止める国ではないからだ。
韓国でも、あるいはほかの国でも状況は似ているかもしれない。
被害があっても、それを被害と訴えるためには、それなりの「状況」が必要なのだ。被害者は悪くない。悪いのは加害者だ、という「共通認識」がないかぎり、被害を訴えるのは非常にむずかしい。
被害を訴えたら訴えたで、「女性から近づいて行ったのではないか」「どんな状況で性交したのか」「見返りがあったのではない」というようなことを問い詰められる。そういう質問がセカンドレイプになるという認識が共有されていない。
こういう状況では、だれも訴えられない。
③日本人女性も韓国に保障を求めてもいいのか、と主張する人は、作戦として②を利用すべきだろう。韓国人女性は賠償を求めて訴えている。韓国の女性と連帯して、戦争時に起きた性暴力をいっせいに告発するという方向にすすめばいいのだ。韓国の「慰安婦」も実際に訴え出るまでには時間がかかっている。どこの国でも性被害を訴えるは困難がともなう。やっと、被害を訴えられる状況になったのだ。その状況を、日本人も利用すべきなのだ。
でも、こういうことは、ほんとうにむずかしいのだ。
私は日本の女性に、被害を訴え出ろとは言えない。被害者には被害者の、いまの事情があるだろう。
思うことはひとつである。
被害を実際に訴えている韓国の「慰安婦」の側に立つことである。彼女たちの人権をこれ以上傷つけないことである。彼女たちへの謝罪がきちんとおこなわれれば、日本にも性被害に対しては謝罪するということが定着したことになる。それが定着すれば、日本の女性も被害を訴えやすくなるだろう。性被害者は悪くない。悪いのは加害者だ。性被害は人権侵害だ、ということが確立されれば、訴え出ない人も、少しはこころが落ち着くのではないだろうか。
まず④⑤の状況を変えないことには、何もはじまらないと思う。
韓国の女性が無理な主張をしているのではなく、日本の政府が人権侵害をして平気であるということを出発点にしないと、何も解決しないと思う。
#安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位
*
「天皇の悲鳴」(1000円、送料別)はオンデマンド出版です。
アマゾンや一般書店では購入できません。
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自民党憲法改正草案を読む/番外283(情報の読み方)
「慰安婦」の問題が話題になるとき、とても奇妙な論に出会うことがある。主に「嫌韓派」のひとたちが主張するのだが、その内容を簡単に要約すると、次のようになる。
①日本人も戦争末期の引き上げ時に、大陸や朝鮮半島で性被害にあっている。そのひとたちの救済はどうするのか。
②なぜ韓国人女性だけが救済されなければならないのか。韓国女性については「日韓合意」で解決済みである。
③日本人女性も韓国に保障を求めてもいいのか。
ここから、私はいろいろなことを考えた。学ばされた。
引き上げ時の日本人女性の性被害は「二日市保養所」の記録に生々しく残っている。だから多くの人が知っていると思う。日本人女性が性被害にあってはいないとはだれも思っていない。さらに日本人女性も「慰安婦」だったことを忘れてはならない記憶として語り始めている。日本人女性の中にも日本軍の犠牲になった人がいたのだ。
そういう現実を踏まえて言うのだが。
日本の女性が、性被害の賠償を求めるという権利については、私は何の問題もないと思う。求める相手先が韓国政府になるのか日本政府になるのか、それはひとりひとりの体験によって違うだろうと思う。
ただ問題は、そういうことが簡単にはできないということだ。
ひとつは「加害者」の特定がむずかしいことにあるが、それ以上に問題をむずかしくさせているのが、日本の「風潮」である。
つい最近、こういうことがあった。
④安倍に近い人物がジャーナリスト志望の女性を強姦した。逮捕状が出ているのに逮捕されず、起訴もされていない。
⑤財務省の時間がセクハラを起こした。これに対して麻生は「セクハラ罪というものは存在しない」と擁護した。
日本では女性の性被害を、「被害」と受け止め、女性の側に立つ視点が欠如している。とくに「権力側」に欠如している。
こういう状況では、女性は被害を訴えたくても訴えられない。
先に書いた「二日市保養所」は何のためにあったか。そこでおこなわれた手術はなぜ「匿名」だったか。それを考える必要がある。
「慰安婦」だった日本人女性も、自分の体験を語ることができるようになるまでには時間がかかっている。被害者なのに、なぜ、被害を訴えることができないか。
女性の被害を被害として受け止める国ではないからだ。
韓国でも、あるいはほかの国でも状況は似ているかもしれない。
被害があっても、それを被害と訴えるためには、それなりの「状況」が必要なのだ。被害者は悪くない。悪いのは加害者だ、という「共通認識」がないかぎり、被害を訴えるのは非常にむずかしい。
被害を訴えたら訴えたで、「女性から近づいて行ったのではないか」「どんな状況で性交したのか」「見返りがあったのではない」というようなことを問い詰められる。そういう質問がセカンドレイプになるという認識が共有されていない。
こういう状況では、だれも訴えられない。
③日本人女性も韓国に保障を求めてもいいのか、と主張する人は、作戦として②を利用すべきだろう。韓国人女性は賠償を求めて訴えている。韓国の女性と連帯して、戦争時に起きた性暴力をいっせいに告発するという方向にすすめばいいのだ。韓国の「慰安婦」も実際に訴え出るまでには時間がかかっている。どこの国でも性被害を訴えるは困難がともなう。やっと、被害を訴えられる状況になったのだ。その状況を、日本人も利用すべきなのだ。
でも、こういうことは、ほんとうにむずかしいのだ。
私は日本の女性に、被害を訴え出ろとは言えない。被害者には被害者の、いまの事情があるだろう。
思うことはひとつである。
被害を実際に訴えている韓国の「慰安婦」の側に立つことである。彼女たちの人権をこれ以上傷つけないことである。彼女たちへの謝罪がきちんとおこなわれれば、日本にも性被害に対しては謝罪するということが定着したことになる。それが定着すれば、日本の女性も被害を訴えやすくなるだろう。性被害者は悪くない。悪いのは加害者だ。性被害は人権侵害だ、ということが確立されれば、訴え出ない人も、少しはこころが落ち着くのではないだろうか。
まず④⑤の状況を変えないことには、何もはじまらないと思う。
韓国の女性が無理な主張をしているのではなく、日本の政府が人権侵害をして平気であるということを出発点にしないと、何も解決しないと思う。
#安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位
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