詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高山羽根子「首里の馬」

2020-08-07 17:29:38 | その他(音楽、小説etc)


高山羽根子「首里の馬」(「文藝春秋」2020年09月号)

 高山羽根子「首里の馬」は第百六十三回芥川賞受賞作。
 その書き出し。

 台風があきれるほどしょっちゅうやって来るせいで、このあたりに建っている家はたいてい低くて平たかった。(316ページ)

 違和感を覚えた。「あきれるほど」が、どういう立場から発せられることばか、よくわからなかったからである。
 この一段落目の最後は、こうである。

このオレンジと白の独特な屋根の色模様が南国特有の景色に溶け込んで、うまいこと情景をかもしだしていた。(317ページ)

 「うまいこと」がまた奇妙である。台風に苦しむ土地の人ではなく、よそからみている。客観的、というのとも違う。見たものを「自分の主観」にしてしまっている。この「主観」は二段落目の最後、

建物群は、いま、それでもこの土地の象徴としてきっぱり存在している。(317ページ)

 この文章の「きっぱり」にもあらわれている。
 これから始まるのは、「寓話」(あくまでも語り手が存在することで成り立つ世界)であること、「現実」ではないことを告げている。
 これは、これでいい。ことろが、この「主観」の持ち主の「順さん」は、320ページで、「主役」を「未名子」に譲ってしまうことになる。320ページから「文体」がかわるのだ。
 まあ、大枠のなかに、もうひとつ枠ができた、と考えればいいのかもしれない。「劇中劇」のような、「寓話」のなかに「現実」を入れ込んだ世界と言えばいいのか。ふつうは、「現実」のなかに「寓話」を入れるのだけれど、この小説は「逆構造」を狙っている。
 で、それだけでは終わらず、今度はその「逆構造」のなかに、また別の「寓話(フィクション)」を入れ込む。
 そのとき、この「フィクション(虚構化することで初めて明確になる現実)」というのは何?
 高山は、簡単に「謎解き」をしてしまう。「答え」を言ってしまっている。「孤独」である。(335ページ)以後、「孤独」が、この小説をひっぱっていく。
 あとは、なんというか、安っぽい「ハゥツゥ思想解説書」みたいになってしまう。つまり「孤独」とは何かを、何回か定義しなおすために、ストーリーが利用される。
 こんな具合。未名子はネットを使い、どこに住んでいるかわからない人物にクイズを出すという仕事をしている。クイズに答えからかといって、回答者に何かが与えられるわけではない。

一対一のクイズには、対話があり、心の交流が生まれます。(338ページ)

 あとは、もう読まなくても、どうでもいい。私は最後まで読んだが、「孤独」な人間が、だれと交流し、どうやって心の交流をつくっていくか、ということが「現代の寓話(フィクション)」として展開されていくだけである。

自分の知らない知識をたくさん持っている人たちとの、深すぎない疎通も心地よかった。きっとここを利用する何人もの回答者も、こういうささやかな感情のやりとりを求めて通信をしているんだろう。そうして未名子自身も彼らと同じくらいに孤独だという実感があった。                            (349ページ)

 で、このままでは、現実を突き破り、ことばの力で真実に至るという小説にならないと考えたのか。主人公は、突然、こんなことをことばにする。(最終盤、である。)

 未名子はほんのしばらく前まで、自分が本質的には仕事でクイズを出していた相手の回答者たちとおなじ種類の孤独と閉塞感を抱えているんだと考えていた。(401ページ)
 
 突然、主人公は「自分は違うんだ」と主張して、その「孤独寓話(フィクション)」から脱けだして、「順さん」の「主観」(沖縄の埋もれた歴史)に寄り添うのだが、いい気なもんだなあ、と私は思ってしまう。
 小説なのだから、沖縄をどんな具合に描こうと、それめそれで作者の自由だが、こんな「寄り添い方」はないだろう。沖縄を舞台にする必然性がないし、こんなに長々と書くようなことでもない。長く書くなら、「孤独」の哲学をもっと綿密に書く必要がある。比較する方が間違っているのかもしれないが、ボルヘスなら原稿用紙十五枚の小説だなあ、と思った。時里二郎なら二十枚の散文詩か。




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医療崩壊

2020-08-07 09:15:09 | 自民党憲法改正草案を読む
医療崩壊
   自民党憲法改正草案を読む/番外372(情報の読み方)

 2020年08月07日の読売新聞(西部版・14版)の1面。新型コロナを巡る問題。

専用病棟支援金 遅れ/25都道府県 交付めど立たず

 という見出しにつづいて、

病院6割超が赤字 4~6月

 という見出し。病院経営が新型コロナ感染拡大の影響で悪化している。患者が減った、ということ。

新型コロナウイルスの患者を受け入れた病院に絞ると、約8割が赤字で、感染拡大に対応する各地の病院の苦しい経営実態が浮き彫りになった。

 その通りなのだろうが、私は、どうしても「いやな気持ち」を振り切れない。
 新型コロナが問題になったときから、「医療崩壊」が叫ばれた。そのときの「医療崩壊」とはコロナ患者が押しかけると、助けられるひとも助けられなくなる、というものだった。しかし、コロナ患者も助けなければならない人である。どう考えても、そこで叫ばれる「医療崩壊」は「金儲けにならない」ということを隠したいい方にしか見えない。
 これは、何度も書いてきたし、医療崩壊を叫ぶ医療関係者にも、そういう考えを語った。患者の殺到に対しては、病院を建設するなどの方法がある。だいたい、保健所、病院の統廃合を主導したのは「医師会」なのに、患者が殺到すると医療崩壊がおきるというのは、論理的に矛盾する。殺到する患者に対応できないというのだったら、患者が殺到することを予測し、それに対応できる医療体制を維持しておくべきだ(保健所、病院の統廃合に反対)といい続けるべきだっただろう。実際、地元住民は統廃合に反対している、困ると訴えているのに、それを無視して統廃合が進んでいる。
 住民の健康崩壊をどう防ぐか、それを考えなくなったことこそ医療崩壊ではないのか。そして、それは「医療倫理崩壊」であり、裏を返せば「医療収入(経営)を崩壊させるな」であり、医師会が心配し続けたのは「医療経営崩壊」だったのだ。住民の健康崩壊はどうでもいい、自分たちの金儲けが心配。
 経営崩壊に陥っては、救える患者も救えない、と医師会は主張するだろうが、どうにも「そうですね、おっしゃるとおり」とは肯定できない。

 支援金が必要なのは、わかる。
 だが、支援金で言えば、自粛を要請された業界の方がもっとたいへんである。「赤字」どころか、収入の道が閉ざされたのである。「経営」ができなかったのである。病院は、収入は減ったかもしれないが、経営はできた。
 医療と、その他の業種をいっしょくたにしてはいけないことは知っているが、しかし、私はあえていっしょにして考えるのである。みんなが困っているのである。医療や、「goto」で話題になった観光業界だけが困っているわけではない。みんな「支援金」がなくて困っている。
 これは言い直せば、政府の政策が無策である、ということにつきる。

 だいたい、医療現場というのは、「患者が減った、赤字になった」ということを、「赤字になった」に焦点を当てて問題にしていいのかどうか、それを問わないといけない。
 患者が減ることは、悪いことなのか。そうではないだろう。患者か減ったというのは、国民が健康になったということだろう。さらに、医療にかける予算(国家予算、個人の予算を含む)が少なくなり、ほかの分野に支出を増やせるということだろう。
 病院経営者を除けば、「患者が減った」ということで困るひとはいないはずだ。病院経営者を除けば、「患者が減った」は「赤字にならずにすんだ、経済的余裕ができた(黒字になった)」である。今月は病気をせずに過ごせたから、家計に余裕ができた。ちょっと家族旅行をしようか、ということができるのが「健康」のすばらしさなのである。医者の側だって、「患者が減り続けているのは、私の治療と健康指導が効果を上げている結果だ。みんなが元気でうれしい」というのが、医者を志したときの夢なのではないのか。「患者が減って、困る」というのは、どう考えてもおかしい。

 もちろん、いま書いたことは「空論」だろう。あるいは「理想論」だろう。だが、私はいつでも「理想」を忘れたくはないのである。
 もし医療関係者が「医療現場の赤字」について真剣に考えるのならば、たとえば河野が(安倍かもしれないが)、コロナ医療に従事しているひとへ感謝の気持ちを表すといってブルーインパルスを飛ばしたことに対して、「そんなことろに金をかけるなら、病院を建設しろ」とどうして言わないのか。「アベノマスク」を配ることに対して、「アベノマスクでは役立たない。ほかのことに予算をつぎ込め」となぜ言わなかったのか。もちろん、医療に忙しくて、そんな声を発している時間はなかった、ということは考えられる。
 では、いまは、どうなのか。
 感染者が増え続けている。このままではたいへんなことになる。いま、金をくれ、と言わないといつ言えるかわからない、ということなのだろう。それはそれで、いい。しかし、同時に、「専用の病院を造れ、検査態勢を充実させろ」と言わないで、どうするのだ。感染者が増えれば、さらに病院経営が悪化すると心配しているのなら、金の心配をするだけではなく、感染拡大を防ぐ方法を確立しろと政府に働きかけるべきだろう。
 安倍は国会も開かず、閉会中の審議にも出てこない。支援金交付の遅れが心配という前に、安倍に、国会に、それを推進するための方法を確立するために、国会を開いてなんとかしろ、と訴えるべきだろう。
 読売新聞も読売新聞である。単に「赤字」が増えた、病院は困っているというだけではなく、病院側が何をもとめているか、それを引き出し記事にすべきだろう。赤字で困っているだけでは(それだけなのかもしれないが)、「医療倫理崩壊」(金儲け至上主義)を追認するだけだ。








#検察庁法改正に反対 #安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位 
 


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