詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

破棄された詩のための注釈09

2020-08-09 19:26:14 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈09
             谷内修三2020年08月09日

 雨が降っていたので、いつもより街灯が早く灯った。しかし雨のために、ぼんやりとした光になり、気づくひとは少なかった。車のヘッドライトの方に気がとられているのかもしれない。街灯とヘッドライト、さらにブレーキランプの赤い色が横断歩道の上でにじんだように広がるのは、雨がよほど細かいからだろう。
 その街の名前から注意をそらすために、詩人は強引に「注釈」を書いた。固有名詞を捨て去るためでもあった。六月のおわりのことである。熱い紅茶にミルクを入れて飲んだ。
 ラジオが、九十三分つづくクラシックを流している。どうしてだろう。テーブルの白い皿の上に葉っぱのついたままのラディッシュとチーズがあった。
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2020年08月09日(日曜日)

2020-08-09 11:43:44 | 考える日記
森鴎外『阿部一族』(鴎外選集 第四巻)(岩波書店、1979年02月22日発行)

 『伊沢蘭軒』に疲れたので、なじみのある「阿部一族」で一休み。
 私は、この小説の中では、犬の殉死の部分がとても好きだ。おもしろい。ほかの部分は忘れても、この部分だけは忘れることができない。鴎外自身も、「津崎五郎の事蹟は際立つて面白いから別に書くことにする」(182ページ)と断った上で書いている。いまなら、これだけを書いて「短篇小説」にするひとがいるかもしれない。
 その「逸話」のおもしろさとは別にして、やはり、鴎外はおもしろい。
 「阿部一族」というタイトルなのだけれど、なかなか「阿部一族」が出てこない。「細川忠利」の病気からはじまり、急死。そのあと多くの武士が殉死する。その殉死シリーズのなかに、先に書いた犬の殉死や、酒が好きな男が、最後に好きな酒をいつもより多く飲んだために昼寝をしてしまう。目がさめたら腹が減っているので家族でお茶漬けを食う。それから切腹するというような、いったい、何を書いているんだろう。落語なのか、と思うようなこともある。
 で、その「細部」がおもしろいのはもちろんなのだが。
 いつもいつもおもしろいと思うのは、鴎外の文章がどこへ向かって動いているか、さっぱりわからないことである。この小説でも「阿部一族」が出てくるのは190ページからである。はじまってから20ページも過ぎている。全体は37ページだから半分を過ぎてからである。「構成」バランスから言えば、何をもたもたと書いているのだ、ということになるが、そんな気持ちがぜんぜん起きない。
 「事実」が書かれる。そして、その「事実」を鴎外がどう感じたかが、「事実」を踏まえながら書かれる。犬の殉死を「おもしろい」と感じたと書くように、事実と鴎外の思いが一体になって動く。
 175ページでは「長十郎」の「心理」に踏み込んで、こんなことを書いている。

此男の心中に立ち入つて見ると、自分の発意で殉死しなくてはならぬと云ふ心持の傍、ひとが自分を殉死する筈のものだと思つていゐるに違ひないから、自分は殉死を余儀なくさせられてゐると、人にすがつて死の方向へ進んで行くやうな心持が、殆ど同じ強さで存在してゐた。

 こう書かれると、そう思えてくる。鴎外自身の想像にすぎないのに、想像に思えなくなる。
 散文は「事実」を積み重ね、それに自分の思い(感想)を重ねる。それがどこまで動いていくかは、書いている人間にもわからない。ただ「思い」を動かし、その動きをことばにするものなのだ。思い(ことば)を動かすために「事実」というものがあるだけであり、その「事実」は何であってもいいのである。
 犬の殉死も長十郎の殉死も同じというと、かなり問題を含むけれど、ことばが動く(ことばを動かす力になる)という意味では同じなのだ。そういうことを、「かのやうに」の112ページでは、こんな具合に説明している。(と、私は、強引に「文脈」を無視して引用するのだが。)

事実だと云つても、人間の写象を通過した以上は、物質論者のランゲの謂ふ湊合が加はつてゐる。意識せずに詩にしてゐる。嘘になってゐる。

 「事実」を積み重ねるといっても、そこには「選択」が入り、また語る順序も関係してくるから、それはすでに「事実」ではなく、「感想(思い/思想)」なのである。そうなのだけれど、鴎外は、その「思い/思想」の「到達点(結論)」をあらかじめ用意して書き始めているというよりも、書けるだけ書いてしまえばいいという感じでことばを動かしているように、私には感じられる。「思想」は到達点にあるではなく、ことはの動きにあるのだ。
 「国語」をその国の到達した思想の頂点というようなことを言ったのは、三木清だったかなあ。でも、その「思想の頂点」というのは「結論」ではなく、ことばが動いている「正直さ」のなかにある、と私は思う。
 人間はだれでも、そのひと個人の「意味」を生きているからね。
 で。
 やっぱり「先生」と呼べるのは「鴎外先生だけかなあ」と、会ったこともない鴎外のことを思うのである。






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柴田秀子『遠くへ行くものになる』

2020-08-09 10:35:23 | 詩集
柴田秀子『遠くへ行くものになる』(響文社、2020年07月25日発行)

 柴田秀子『遠くへ行くものになる』の「小ぢからを」という詩。

夕焼けが
空に
ひと枠の すみれ色をのこした

 この書き出しの「ひと枠」ということばに惹かれた。「枠」によって「構図」ができる。世界が、だんだん、ひとつの焦点にむかって動いていく。その瞬間をとらえている。
 詩は、こうつづく。

地に
野ぼろぎくは咲いた

 「空」から「地」へ、「地」から「野ぼろぎく」へとだんだん焦点が絞られていくのだが、それが「必然」になる。そのはじまりが「ひと枠」なのだ。

花弁の先は
しりしりしりしりしり 発光中

 「野ぎく」から、その「花弁」へと加速し、そこで「しりしりしりしりしり 発光中」という、ことばにしなければ存在しないものが出現する。「しりしりしりしりしり」はわからないが、そうか「しりしりしりしりしり」と納得する。「発光」は消えていく夕日と向き合って、残りの光をすべて引き受けている感じだ。

荒れ地は明るんだか
わたしは あとすこし 力を得たい
頼りになるかと 小石をひろった
握りしめているうちに
手と同じあたたかさになった

 「力を得たい」と思っている内に、知らずに「力を与えている」。
 これは、

花弁の先は
しりしりしりしりしり 発光中

 にも言えることだ。柴田がことばにすることで、花に力を与えているのだ。
 「タネ」も楽しい。

アノソラノタネを ください
はい はい あの空の種ですね
よどみのない受けこたえ
どんな花が咲くのでしょう

 だれも、わからない。

種の正しい名は こうだ
  アルソミトラ・マクロカバル
再び訪ねた種屋に
あのときの店主は もう 居なかった

 「正しさ」よりも「間違い」の方が楽しい。「間違い」であっても、それで「意味」が通じる。求めているものが何かわかる。
 「正しい」ものが大手を振るうとき、「間違い」といっしょに存在した「夢/どんな花が咲くのでしょう」が消える。
 そういうことは、ありうるなあ。
 詩は、きっと「間違い」といっしょに存在する「一瞬の事実」なのだろう。






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