詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

山本育夫書き下ろし詩集「野垂れ梅雨」十八編

2020-08-26 14:37:34 | 詩(雑誌・同人誌)
山本育夫書き下ろし詩集「野垂れ梅雨」十八編(「博物誌」48、2020年08月20日発行)

 山本育夫書き下ろし詩集「野垂れ梅雨」十八編。「野垂れ」ということばは、私は「野垂れ死に」くらいしか知らない。「野垂れ梅雨」ということばが一般的なものか、山本の造語か、それは考えないことにする。
 「02なあ、塩島」という作品。

しばらくの間合いだ
沈黙が話しかけてくる
耳を傾け
気持ちも傾けてみる
世界がこちらに傾いてくる
ランチタイムにもどってきた
喧騒
傾いた体で
午後の仕事に入るのは嫌だな
塩島のグチが

 ここまでが右のページ。左のページに

いまごろゆっくり
ここまで届く
こきまま仕事も傾けて
世界も傾けてしまおうか
なあ、塩島

 これは、二連目なのか。一連目と二連目の間に空いている「空白」は何行分なのか。よくわかならない。右のページと左のページが「対話」しているのか。
 そういうことを「保留」したまま、私は、詩を読み直す。
 一行目の「間合い」が不思議なことばだ。何の「間合い」? わからない。そのわからない「間合い」を山本は次々に言い直す。これは、私は「間合い」をわからないまま、それを意識しながら、次に現れてくることばへ向かって意識をひきずっていくということでもある。
 「沈黙が話しかけてくる」。詩だね。山本が最果の詩について語るときつかっていたことばを借りると、ここには詩がぷんぷん匂っている。「沈黙」と「話しかける」という相反するものが結びついている。手術台の上のこうもり傘とミシンのように。その強い匂いにそっぽを向け、私は別のことを考える。
 「間合い」は話と話の「間合い」、つまり「沈黙」のことか。意外と「論理的」な言い直しである。そのあとの「耳を傾け」も「話」に耳を傾け、同時に「沈黙」に耳を傾け、と論理的。これをさらに「気持ちも傾け」ると言い直す。なるほどね。たたみかけるリズムに、無理がない。そうすると何が起きるか。「世界がこちらに傾いてくる」。いいねえ。この感じ。これを「間合い」というかもしれない。自分が耳を傾ける、気持ちを傾ける、当然からだ(肉体)も傾いている。それにあわせにように、世界がからだを傾けてくる。これはもちろん比喩だが、「傾ける」という運動がすべてを統一する。気持ちがよくなる。
 「傾ける/傾く」という動詞のなかに、詩が動き始めている。「傾ける/傾く」という動詞が、世界を「分節/分化」し始めている。
 でも、これは「仕事中」のこと? 仕事とは、何かとの対話。何を造るしろ、それは機械(道具)、素材との対話ということができる。道具(機械)とも素材とも対話しながら何か新しいものをつくっていく。(詩の場合、「道具/機械」が「ことば」で「素材」は「できごと/書かれる対象」かもしれない。)
 それからランチタイム。対話が中断し、「喧騒」が塩島と山本をつつむ。対話とは無関係な喧騒のなかへ、仕事で傾いた肉体のまま塩島は戻ってきたのだが、ランチタイムでその「傾き」が修整される。この修整を、山本は「傾いた体」と逆に言っている。
 ここがいちばんのポイントだね。
 ここから、もう一度、午前中の「傾き」のなかへ入っていくのはつらい。こんなことなら、ランチタイム抜きに、そのまま「傾き」で一日を終わればよかったのに。まあ、そんなことはできないから、人間は悲しいんだけれどね。
 さて、どうする?

 左ページ。まるで、独立しているように、離れている。
 「いまごろゆっくりと」の「いまごろ」が、この詩のもう一つのポイントだね。塩島は、それまでも同じように仕事に体を(気持ちを)傾けてきただろう。そして、ランチタイムの休憩を挟んで、また午後の仕事に戻っていく。体を(気持ちを)傾けなおす。
 その「傾き」のことを、山本は「いまごろ」気づいたのである。「ゆっくりと」は「遅れて」を「いま」実感したままことばにしたものだろう。「ここまで届く」の「ここ」は山本の肉体のことである。
 いま、塩島の「体」はランチタイムのあとなので「傾いていない」。まっすぐである。でも、仕事(世界)は塩島が「傾く」のを待っている。嫌だねえ。いっそうのこと、仕事の「傾き」を修整する、まっすぐにする。つまり、やめてしまおうか、世界もまっすぐにつったままにしておけばいい。
 この対話はいいなあ。
 もちろん、そんなことは「仕事」だからできないのだけれど、そういうことができればいいね。
 気があったら、互いにことばを、肉体を傾けあい、一つのことをする。仕事をする。世界をつくる。でも、ときどき休んで、みんなが何もしないで突っ立っている。そういう瞬間も楽しいんじゃないだろうか。
 「しばらくの間」でいいのだけれど。







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「新」ということばの嘘

2020-08-26 08:49:04 | 自民党憲法改正草案を読む
「新」ということばの嘘
   自民党憲法改正草案を読む/番外381(情報の読み方)

 2020年08月26日の読売新聞(西部版14版)。1面の肩に「コロナ 新たな日常」という連載の2回目が載っている。25日から始まったものだ。(きのうは事情があり、書く時間がなかった。)2回目は「客席のないレストラン」(宅配専門料理店)を紹介している。
 これをはたして「新たな」日常と呼んでいいのか。「新しい」とは何なのか。
 こんなことを「定義」しようとするとややこしくなるので、簡単に「事実」を見ていこう。
 「新しい」ということばを安倍が最初につかったのはいつか。私の記憶では2016年の参院選の前である。消費税の10%引き上げを再延期する、その是非をめぐり国民の判断を仰ぐための参院選挙、と言った。このとき、安倍は、

「これまでのお約束とは異なる、新しい判断だ」

 と言った。
 私が記憶しているかぎり、これが最初だ。友人と、「今年の流行語対象は、これだね」と言った記憶がある。
 サミットの総括では、奇妙なグラフを突然提示して、「リーマンショックのときに匹敵する危険レベル」と言ったと思う。サミットではリーマンショックというようなことばは出なかったはずだ。つまり、嘘をつくときに「新しい」ということばをつかったのだ。「これまでのお約束とは異なる」という「猫なで声」でごまかしながら。
 このことばをジャーナリズムは徹底批判しなかった。「新しい判断」と言えば、それまでの公約は全部反故にできるということを追認してしまった。
 そして、その「新しい判断」を掲げた参院選は自民党の大勝利に終わった。これに味をしめて、その後の「新しい」ラッシュがある。何か困ったときは「新しい」を掲げて、状況をごまかすのである。その頂点ともいうべきものがコロナ時代の「新しい生活様式/新たな日常」である。
 昔なら、こういうとき、どういうことばをつかったか。
 「苦渋の決断」「苦肉の作戦」というように「苦しい」という漢字を含むことばつかって表現した。
 「これまでのお約束とは異なることをするのは、苦渋の思いである。しかし、そうせざるを得ない。苦渋の決断だ」と自分の立場を説明し納得してもらう。「苦しさ」を訴え、同情をかう、というのがこれまでの人間の行動だった。「新しい判断だ」というような、「大発明/大発見」につながるようなことばではごまかさない。「私はあたらしいことを思いついた、天才だ」というような宣伝の仕方はしない。
 レストランはお客さんあっての商売。つくったものを食べてもらい、喜んでもらう。その反応を確かめながら新たな料理に取り組む。それがシェフというものだろう。客が大勢はいるとコロナ感染の原因になるかもしれないから、客席なし、料理するだけ、というのは「苦肉の作戦」である。
 安倍の言っている「新しい」を「苦しい」と言い直し、現実を見つめるべきである。ジャーナリズムは、政府(権力)の差し出してくる「新しいことば」をただ宣伝するのではなく、その「新しいことば」がほんとうに「新しい」何かを示しているのか。それとも「嘘」を含んでいるのかを点検し、報道しないといけない。
 「新しいスタイル」がほんとうに「苦痛」を伴わないのか。
 たとえばリモートワーク、リモート学習。会社や学校現場ではどういうことが起きているか。「自宅で仕事ができる、通勤しなくてすむから楽になった」だけか。学生は、せっかく大学に合格したのに対面授業が受けられない、友人ができないと苦痛を漏らしていないか。さらにバイトができなくなり、学費が稼げなくなったと言っていないか。
 「新しい」ということばの影に「苦しい」がいくつもかくされている。それを拾い上げずに「新しい」「新しい」と「新しい」だけを強調してどうするのだ。

 「ことば」の点検を忘れてしまったジャーナリズムはジャーナリズムではない。単なる「宣伝」である。

 ついでに書いておけば。
 いま、安倍の「体調」がジャーナリズムをにぎわしている。そして、その「にぎわし」のなかに「安倍はかわいそうだ」というものがある。安倍は「苦しい」、苦しんでいる。そこでは「新しい」は反故にされ、「苦しい」が前面に押し出されている。病気のひとを批判するな。同情しろ。
 たしかに病気のひとを批判することには問題がある。
 しかし、こう考えよう。それでは昔のひと(権力者)はどうしたのか。自分に病気があるとき、国民に同情してくれ、と訴えたのか。
 そうではなくて「途中でやめてしまうのは苦渋の決断だが、新しいひとにこれからの世界をリードしてもらいたい」というような形で引退したのではないのか。
 病気だから「これまでの感情(批判)」をやめよう。みんなから「新しい感情(同情)」で安倍を支えようというのでは、どうも、おかしいと言わざるを得ない。
 「新しい」に出会ったら「これまで」はどうだったのか、それをしっかり確かめてみる。ことばにしてみる、ということが必要なのだ。


*

「情報の読み方」は9月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
 

#安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位 



*

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https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

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