藤森重紀『まちのかたち 凡庸な日常』(龍工房、2020年06月30日発行)
藤森重紀『まちのかたち 凡庸な日常』の「丘の春」。
ひかりの密度がかわり
陽炎から
春 という妖精
と始まる。「妖精」というものを見たことのない私は、ここでつまずくのだが、「ひかりの密度がかわり」という一行が気に入ったので、先を読み進む。
「ひかりの密度がかわ」ると、世界は、どう違って見えるのか。
こう書き直されている。
ねぎし づし やくし
土地の名がゆくりなく
カナに羽化して
つるかわ みわ ときわ…
「カナに羽化して」は「陽炎」の言い換えだろう。だとすると、「カナに羽化する」ということと「ひかりの密度がかわる」は関係しているはずである。カナ(文字)になる前、それは「漢字」だったのか、「音」だったのか。二通りに考えられるが、私は「漢字」だったと読みたい。
「漢字」が意味を表すのに対して、「カナ」は音をあらわす。「意味」から「音」へ変化することは、「羽化」(成長)か。ふつうは、成長ではなく、先祖返りというか、逆戻りと考えるべきなのだろうが、季節のめぐり、循環、春が再び始まるというよろこびが、この「逆戻り」を「逆戻り」とは感じさせない。何か、もう一度、「生きなおす」(生まれ変わる)という感じがする。
「音」は意味から解放されて、自由に呼吸している。
その感じが、「ねぎし づし やくし」の脚韻、「つるかわ みわ ときわ」の脚韻になっている。音楽が生まれている。
「ゆくりなく」は「思いがけず」という意味だと思うが、「ゆくり」のなかに「ゆっくり」という響きが隠れていて、カナの音楽を優しくさせている。
やさしい余韻は
朧月を迎えるまでの
読点
うつくしい春の文体を
なお 継続させる
「読点」と「文体」ということばが、清潔ですっきりしている。「抒情」によごされてしまいそうな、あるいは「定型」におぼれてしまいそうなことばを屹立させている。
カナ(ひらがな、音)に対して、あえて「漢字(意味)」をぶつけている。これがこのしを輝かせている。
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