アイラ・サックス監督「ポルトガル、夏の終わり」(★★★★)
監督 アイラ・サックス 出演 イザベル・ユペール、マリサ・トメイ、ブレンダン・グリーソン
映画館でポスターを見かけ、その緑の美しさに目を奪われた。チラシに書いてあることを読むと、おもしろい映画とはいえない。イザベル・ユペールは、きっとわがままな役を演じるんだろうなあ。フランス人はたいていがわがままだから、地でやるんだろうなあ。あまり見たくはないが、緑が気になる。
ということで見に行ったのだが。
なんと美しい。もう美しいということばだけを並べ立てて感想をおしまいにしたいくらいに緑が美しい。
アジア・モンスーンの、ひたすら強靱な緑とは違う。イギリス、アイルランドの暗い緑(黒い緑)とも違う。
たとえて言うと。春先の若い緑がやわらかさを抱えたまま重なり合い、いくつものの緑に分かれていく。そこにはもちろん夏にしか存在しない強い緑もあるのだが、その周辺にはまだまだ硬くならないままのみどりがそよいでいる。
そしてそれが朝の光、昼の光、夕方の光のなかで、反射に、陰を抱え込み、どこまでもどこまでも変化する。さらに雨まで降ってくる。雨もアジア・モンスーンの雨とは違うし、イギリスの雨とも違う。やわらかく、深く、霧のようにやさしく緑をつつむのだ。
舞台のシントラという街が少しだけ出てくる。ポルトガルは石畳の坂の街。壁には独特の装飾。路面電車の街。それはシントラも同じで、石畳の坂と路面電車と、壁の装飾も出でくる。赤い煉瓦色の屋根や、様々な色の壁。そのすべてが、変化する緑に抱かれている。海さえも、なんといえばいいのか、山(緑)と向き合い、拮抗するというのではなく、遠慮がちに存在しているように感じられる。身を引きながら、緑を抱きしめているという感じか。
映画は、この多様で、傷つきやすいような、しかしいろいろな変化を受け入れながら育っていく緑、様々に変化する緑のように、人間が生きているということを教えてくれる。人間のそれぞれが一本の木。それぞれの緑は似ているようで違う。違うけれど、光と水と風といっしょに生きて、違うものがあつまることで、一本ではあらわせない美しさを奏でる。音楽のように。ぶつかったり、はなれたり、あつまったり。その瞬間瞬間に、同じ緑に見えていたものが、違った緑に見える。それがおもしろい。
映画の最後のシーンは、緑とは少し違うのだが、みんなが山の上に大西洋に沈む夕日を見に行く。ばらばらのシルエットが山の上に描かれる。しばらくして、登場人物がみんな坂を下りて帰ってくる。映画では描かれない「夜の緑」のなかへ。その描かれなかった「夜の緑」を見るために、シントラへ行ってみたい、と思わせる映画である。夜、窓からもれてくる灯。人工の光、うごめく人間の影を、シントラの緑はどう受け止めているのか。
(KBCシネマ2、2020年08月14日)
監督 アイラ・サックス 出演 イザベル・ユペール、マリサ・トメイ、ブレンダン・グリーソン
映画館でポスターを見かけ、その緑の美しさに目を奪われた。チラシに書いてあることを読むと、おもしろい映画とはいえない。イザベル・ユペールは、きっとわがままな役を演じるんだろうなあ。フランス人はたいていがわがままだから、地でやるんだろうなあ。あまり見たくはないが、緑が気になる。
ということで見に行ったのだが。
なんと美しい。もう美しいということばだけを並べ立てて感想をおしまいにしたいくらいに緑が美しい。
アジア・モンスーンの、ひたすら強靱な緑とは違う。イギリス、アイルランドの暗い緑(黒い緑)とも違う。
たとえて言うと。春先の若い緑がやわらかさを抱えたまま重なり合い、いくつものの緑に分かれていく。そこにはもちろん夏にしか存在しない強い緑もあるのだが、その周辺にはまだまだ硬くならないままのみどりがそよいでいる。
そしてそれが朝の光、昼の光、夕方の光のなかで、反射に、陰を抱え込み、どこまでもどこまでも変化する。さらに雨まで降ってくる。雨もアジア・モンスーンの雨とは違うし、イギリスの雨とも違う。やわらかく、深く、霧のようにやさしく緑をつつむのだ。
舞台のシントラという街が少しだけ出てくる。ポルトガルは石畳の坂の街。壁には独特の装飾。路面電車の街。それはシントラも同じで、石畳の坂と路面電車と、壁の装飾も出でくる。赤い煉瓦色の屋根や、様々な色の壁。そのすべてが、変化する緑に抱かれている。海さえも、なんといえばいいのか、山(緑)と向き合い、拮抗するというのではなく、遠慮がちに存在しているように感じられる。身を引きながら、緑を抱きしめているという感じか。
映画は、この多様で、傷つきやすいような、しかしいろいろな変化を受け入れながら育っていく緑、様々に変化する緑のように、人間が生きているということを教えてくれる。人間のそれぞれが一本の木。それぞれの緑は似ているようで違う。違うけれど、光と水と風といっしょに生きて、違うものがあつまることで、一本ではあらわせない美しさを奏でる。音楽のように。ぶつかったり、はなれたり、あつまったり。その瞬間瞬間に、同じ緑に見えていたものが、違った緑に見える。それがおもしろい。
映画の最後のシーンは、緑とは少し違うのだが、みんなが山の上に大西洋に沈む夕日を見に行く。ばらばらのシルエットが山の上に描かれる。しばらくして、登場人物がみんな坂を下りて帰ってくる。映画では描かれない「夜の緑」のなかへ。その描かれなかった「夜の緑」を見るために、シントラへ行ってみたい、と思わせる映画である。夜、窓からもれてくる灯。人工の光、うごめく人間の影を、シントラの緑はどう受け止めているのか。
(KBCシネマ2、2020年08月14日)