詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

アイラ・サックス監督「ポルトガル、夏の終わり」(★★★★)

2020-08-14 16:40:58 | 映画
アイラ・サックス監督「ポルトガル、夏の終わり」(★★★★)

監督 アイラ・サックス 出演 イザベル・ユペール、マリサ・トメイ、ブレンダン・グリーソン

 映画館でポスターを見かけ、その緑の美しさに目を奪われた。チラシに書いてあることを読むと、おもしろい映画とはいえない。イザベル・ユペールは、きっとわがままな役を演じるんだろうなあ。フランス人はたいていがわがままだから、地でやるんだろうなあ。あまり見たくはないが、緑が気になる。
 ということで見に行ったのだが。
 なんと美しい。もう美しいということばだけを並べ立てて感想をおしまいにしたいくらいに緑が美しい。
 アジア・モンスーンの、ひたすら強靱な緑とは違う。イギリス、アイルランドの暗い緑(黒い緑)とも違う。
 たとえて言うと。春先の若い緑がやわらかさを抱えたまま重なり合い、いくつものの緑に分かれていく。そこにはもちろん夏にしか存在しない強い緑もあるのだが、その周辺にはまだまだ硬くならないままのみどりがそよいでいる。
 そしてそれが朝の光、昼の光、夕方の光のなかで、反射に、陰を抱え込み、どこまでもどこまでも変化する。さらに雨まで降ってくる。雨もアジア・モンスーンの雨とは違うし、イギリスの雨とも違う。やわらかく、深く、霧のようにやさしく緑をつつむのだ。
 舞台のシントラという街が少しだけ出てくる。ポルトガルは石畳の坂の街。壁には独特の装飾。路面電車の街。それはシントラも同じで、石畳の坂と路面電車と、壁の装飾も出でくる。赤い煉瓦色の屋根や、様々な色の壁。そのすべてが、変化する緑に抱かれている。海さえも、なんといえばいいのか、山(緑)と向き合い、拮抗するというのではなく、遠慮がちに存在しているように感じられる。身を引きながら、緑を抱きしめているという感じか。
 映画は、この多様で、傷つきやすいような、しかしいろいろな変化を受け入れながら育っていく緑、様々に変化する緑のように、人間が生きているということを教えてくれる。人間のそれぞれが一本の木。それぞれの緑は似ているようで違う。違うけれど、光と水と風といっしょに生きて、違うものがあつまることで、一本ではあらわせない美しさを奏でる。音楽のように。ぶつかったり、はなれたり、あつまったり。その瞬間瞬間に、同じ緑に見えていたものが、違った緑に見える。それがおもしろい。
 映画の最後のシーンは、緑とは少し違うのだが、みんなが山の上に大西洋に沈む夕日を見に行く。ばらばらのシルエットが山の上に描かれる。しばらくして、登場人物がみんな坂を下りて帰ってくる。映画では描かれない「夜の緑」のなかへ。その描かれなかった「夜の緑」を見るために、シントラへ行ってみたい、と思わせる映画である。夜、窓からもれてくる灯。人工の光、うごめく人間の影を、シントラの緑はどう受け止めているのか。
                   (KBCシネマ2、2020年08月14日)
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長嶋南子『海馬に乗って』(2)

2020-08-14 09:09:12 | 詩集
長嶋南子『海馬に乗って』(2)(空飛ぶキリン社、09月01日発行)

 きのう、「この詩集は大嫌い」と書いたのだけれど。
 でも、読み返してしまう。

パチンコ屋にそうじに行く
朝七時から九時まで二時間
他人の汚した便器をこすり
他人のよごした指紋をふき取り
どこもかしこも舐めても平気なようにと
店長さんはいうのです
店長さん舐めるの好きですか
汚れたものを舐めると気持ちいいですか             (嫌われながら)
 
 この詩の感想はすでに書いたと思う。だから多くを繰り返さないけれど「店長さん舐めるの好きですか」という反撃に毒があって、こういうのは大好きだなあ。頭の中でちょっと思ったり、陰で同僚と悪口ついでに言ったりすることばだが、それを書きことばにしてしまう。消えないものとして残る。その瞬間に、輝きだすものがある。たぶん、仲間と陰口を言っているときは、わはははと大笑いしておしまい。でも、書くとねえ。気持ち(?)がどこかに定着して、加速する。「汚れたものを舐めると気持ちいいですか」。ね、これって、意味はわかるけれど、「論理的」には変でしょ? 店長さんは、汚れたものを舐めると気持ち悪いから、舐めても気持ち悪くならないくらいに(平気でいられるように)、きれいに磨いてね、と言ったのだ。汚れたものを、舐めるように磨いたのは長嶋である。こんなことをしても(汚れたものを磨いても)、ちっとも気持ち良くならない。というのが「論理的」展開なのだれど、この「論理」を飛躍して、別のことを言っているのだ。「舐めるの好きですか」は便器を舐めるのが好きですか、ではないのだ。そして、そこにこそ、批判(批評)があり、それこそが詩なのだ。
 「おばさん詩」とは「批評詩」である。そして、それは「自己解放」なのだ。そして、批評とは、たぶん生活を直接豊かにするようなものではない。批評しても生活が変わるということは少ない。批評が生活を変えていくまでには、長い時間がかかる。でも、それをしないと、自己が抑圧され続ける。さらに、抑圧している人間は、他人を抑圧していることに気づかない。そういうものと戦うために批評は必要なのだ。
 この批評が共有されるまでには、果てしない時間が必要だ。「店長さん舐めるの好きですか/汚れたものを舐めると気持ちいいですか」を「おじさん」が言えるようにならないと、社会は変わらない。「おばさん」の代わりに言うのではなく、「おじさん」が自分の声として発しないとダメなのだ。
 まあ、そういう「おじさん」を長嶋おばさんは叱りつづけている。私は叱られつづけている。叱られる、というのは、ちょっと気持ちいいもんですよ。ハッ、とするからね。

 あ、こんなことを書くつもりではなかったのだが。

 長嶋は、しかし、一方的に「叱る」(批判する)のではない。どう言えばいいのか。なにか他人さえも「自分とつながっている」人間として見てしまう。自分と他人は、まったく違う人間なのだけれど、「つながっている」ものがある。そして、それを「つながっている」ものを中心にして「論理」を動かすから、ねじれたような、ねじれないような、「あ、それ、わかる」という感じで動くものがある。
 他人が道で倒れている。腹を抱えている。そういうひとを見ると、「あ、このひとは腹が痛いんだ」と「わかる」。これは、男でもわかることなのだが、そこには「矛盾/断絶」がない。「おばさん/女性」の感覚は、どうも、そういう感覚をさらに超えているというか、さらに広い。子供を産む、というのは、自分の「肉体」を分けることである。子どもは他人、でもつながっていたことがある。いや、ひとつだったことがある。その「ひとつ」がいまは「ふたつ」。「ふたつ」は「ひとつ」というような感覚があるのだと思う。こういう考え方は、まあ、一種の「ジェンダー論」につながるから、差別的なのかもしれないが、私はこの「ふたつ」と「ひとつ」の関係をとてもおもしろいと思う。
 パチンコ屋の店長と長嶋も、「ふたつ」「ひとつ」の関係にあるのだ。「店長さん舐めるの好きですか/汚れたものを舐めると気持ちいいですか」はもちろんセックスを連想させるためのことばであり、セックスというのは「ふたり」と「ひとり」の、区別がなくなる行為である。はっきりことばにしないが、こういう「区別のなさ」から、長嶋は批評を始める。
 すべてに区別はない。そこに他人(子ども)がいるとしたら、それは長嶋が「生み出した」存在なのだ。だからこそ、批判し、同時に受け入れる。
 この関係が、複雑に、というか、微妙に交錯するのが詩集のタイトルになっている「海馬に乗って」ということばを含む「わたしは忙しい」である。
 どうも「息子」が事故を起こしたらしい。車に乗っていた「チビ犬」は死んだが、息子は生きている。ただし、後遺症が残っている。
 その詩の最後の部分。

「バカみたい」が舞い降りてくる
保険の書類がジャンジャンくる
入院日数と休業補償と
自己で壊した路肩のポールの代金請求書と
診断書 自己証明書
息子が死んでも文句はいいません という誓約書
涙がひいていく

電話をかけ続け 病院にいって警察にいって
事故現場の実況検分に立ち会って
同乗していたチビ犬の冥福をいのり

病室で寝ている息子の顔をのぞく
「カワイソウ」が舞い降りてくる
「バカみたい」が追いかけてきて
涙が出たり引っこんだり
わたしはいそがしい

 「バカみたい」は「批評」である。批評とは、結局、バカみたいのひとことにつきる。もっといい「やりかた」(生き方)があるはずなのに、奇妙に「規則/法律(?)」を組み合わせて、ややこしくしている。その他人がつくったものに拘束される。拘束を感じた瞬間「バカみたい」ということばになる。
 病室で眠る息子には「バカみたい」と「カワイソウ」が同居している。事故を起こさなければ「バカみたい」は存在しなかったし、また「カワイソウ」もなくてすんだのだが、起きてしまったことは、「バカみたい」と「カワイソウ」というかけはなれたものを、「ひとつ」と思って受け止めるしかないのである。

 そして。

 この「ふたつ」と「ひとつ」、「ひとつ」と「ふたつ」をつなぐことばとして、長嶋は「話しことば」をつかっている。「書きことば」ではない。ことばのリズムが「話しことば」のままなのである。
 最後に引用した部分の、「書類(書きことばでつくられたもの)」を列記した部分の、たとえば、

息子が死んでも文句はいいません という誓約書

 ほら、ここだけ、はっきり「書きことば」に書き直されている。手術誓約書(?)には「死んでも文句はいいません」ということばは書いてない。もっと婉曲的なことばで書かれているが、口語で言ってしまえば「息子が死んでも文句はいいません」なのである。
 どんなことばも「口語」にして、声に出してから長嶋はつかっている。声に出すには、自分の肉体をくぐらせなければならない。子どもを産むように、自分の「遺伝子」を組み込んで、そのあとで生み出す。長嶋は、ことばも、そうやって生み出している。
 長嶋のことばには、長嶋の「遺伝子」のようなものが組み込まれている。「おばさんことば」しか長嶋は書かない。
 こういうところは、やっぱり好きだなあ。大好きだなあ。




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