詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

レオナルドマイコ「一碧万頃」

2020-08-19 12:09:42 | 詩(雑誌・同人誌)
レオナルドマイコ「一碧万頃」(「現代詩手帖」2020年08月号)

 レオナルドマイコ「一碧万頃」は投稿欄の作品。暁方ミセイが選んでいる。「一碧万頃」は何と読んでいいのかわからないが「碧」が真っ青な空を感じさせる。「一」と「万」は数字。一億光年のような果てしなさを、象徴しているのか。

うすい瞼から血潮が
透き通っていくのがわかる
ほつれゆく記憶の中 ひとしくうしなわ
れゆくおさなき日々、とぶちからもおよ
ぐちからでもないその きみとおしゃべ
りするちからを、ふりしぼっている 手
をかけてしまった自分の頸部から 頬へ
むかい ゆるませてくれた「空を撫でる
しぐさをするからね。」ウミネコよ 空
には、わたしによく似たきみというひと
が存在していたのだ

ウミネコよ、きみに託してみたかった
からだと空のあいだに
解れている羽毛がきもちよく風になび
く。切りっぱなしの前髪まで
翳を 踏み 空なのに 踏み
あって わらいあう

 「うすい瞼から血潮が/透き通っていくのがわかる」が「からだと空のあいだ」と言い直される部分が、紺碧の一億光年を感じさせる。これは私の「誤読」なのだろうが、詞は「誤読」をするためにあるのだから、わたしは勝手に納得している。
 そして、その「からだと空のあいだ」の「あいだ」でウミネコが結晶のように生み出されてくるのも、透明感があってとても気持ちがいい。
 全体的存在としての透明を見た、という感じ。

そこに空とのゆうごうてんを見つけだす
 遠い海の遥か向こうには、こぎ終えた
櫂を、投げ込む ちぎれそうな心電図の
波形がほつれながら 子午線に交わり、

 そういうものが「心電図の/波形」という肉体とも機械とも電子ともとれるものと接触しながら「子午線」という「宇宙法則」(人間が設定したものだけれど)とも交錯する。透明感は、どこまでも「絶対的」であろうとする。
 とてもおもしろい。
 ただ、私は「ほつれゆく」「うしなわれゆく」「おさなき」という古くさいことばや、「とぶちから」「およぐちから」「ゆうごうてん」というひらがな表記にはついていけない。「ほつれていく」「うしなわれてゆく」「おさない」「飛ぶ力」「泳ぐ力」「融合点」では、どうしていけないのか。
 「文語」と「口語」、「漢字」と「ひらがな」をつかいわけているのだと思うけれど、この文体としての表記リズムに、私は慣れることができない。私は音読は複数のひとを前にして詩を紹介するときくらい。ひとりで読んでいるときは黙読だ。だが、ことばを把握するのは、あくまで「耳」であって、目ではない。目が悪いせいか、こういう目への負担を強いてくるは、どうしても慣れることができない。
 慣れることができないと書きながら、その詩を紹介しているのだから、この詩はとても刺戟的だということになるのかもしれない。




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水島英己『野の戦い、海の思い』

2020-08-19 09:31:16 | 詩集
水島英己『野の戦い、海の思い』(思潮社、2019年10月31日発行)

 水島英己『野の戦い、海の思い』に「午後」という作品がある。映画「カルテット」に触れた詩だ。

「上り道も下り道も同じ一つのものだ」とヘラクレイトスは言うが、
上りでも下りでもない道もあったはずだ。
離れ、はずれ、夜の底に息づいている
闇を抱きながら燃えている道。
焼け跡に浮かびあがる欅のみどり。

 ことばと風景が交錯する。ことばによって、風景が生まれる。「焼け跡に浮かびあがる欅のみどり。」は「みどり」が非常に美しい。「欅」では「もの」になってしまうが、「みどり」へとことばを動かすことで「もの」が「抽象」になる。
 この抽象をなんと定義するか。精神(理性)か。あるいは感覚か。あるいは美か。
 苦悩と定義することも哀しさと定義することも、あるいは愛とか絶望と言い直していくこともできる。
 どういうことか。

「あり得たかもしれない」道を靴の底に踏みつけているというのか。
「ここまで来た。こうなってきた」
人気のない昼下がりの公園のベンチに
ただ佇んでいる耳。

 すべては「あり得たかもしれない」なのである。それが抽象である。「これしかない」は具象である。
 問題は、その抽象というものが、いつでも「これしかない」という具象をとおしてしか表現できないということである。
 たとえば一連目で「みどり」であったものが、二連目では「耳」になる。「見た」ものは「聞いた」ものになる。「聞いたもの」は「聞く」ものに、つまり「肉体」にひきもどされ、そこからまた抽象がはじまる。
 なぜ「聞いたもの」は「聞いたもの」として、具体として存在し続けることができないのか。自己と分離した、絶対的他者(存在)として、そこにあることができないのか。
 人間は「あり得たかもしれない」をさまようしかないからである。絶対的他者はいつでも自己を刺戟してくる。自己のなかに「あり得る」もうひとりの自己を刺戟してくる。「私」とはいつでも「他者」であり得るのだ。

「幸福は魂を優れたものにすることによって得られる」
「ソクラテス」の授業ノートに書かれた言葉は、誰のための
箴言だったのか。

 抽象は、ここでは「魂」と言い直されているのかもしれない。それはあまりにも抽象的すぎるから、「言葉」と言い換えられ、「箴言」と言い換えられる。言い直せば「幸福は言葉を優れたものにすることによって得られる」であり、「箴言は言葉を優れたものにすることによって得られる」でもある。
 水島がこの詩で展開しているのは、つまり、ことばの運動そのものということになる。だが、ことばとは何か。

もう授業も哲学もない、
過去も未来もない、
わたしの午後があるだけ。

 「わたしの午後」と呼ばれる「いま」は抽象か、具体か。それは、それを抽象にするか、具体にするかという問題に、もう一度ひきもどされる。

それを引っ掻く弦の音
その不協和にわたしはたえるだろう、あるいは
わたしを捨てて
カタストロフィの音はいつまでも鳴り響くだろう。

 この最後の四行は、この詩の終わりにしては、とても残念な展開である。突然、抽象と具体の衝突が消え、抽象を破って存在してしまう具象が失われてしまう。
 「それ」「その」という指示詞が抽象を加速させるからである。「その」「それ」によって方向が指示される。一連目に書いていたことばにもどれば「上り/下り」のいずれかに限定されてしまう。「上りでも下りでもない」が消えて、その抽象の方向性を「だろう」という推量で確定してしまう。
 推量、推測ではなく、それを求める抽象ではなく、「みどり」や「耳」のような具体で詩が閉じられていたら、と思わずにはいられない。
 タイトルの「午後」そのままに、「午後」で終わればよかったのかもしれない。「午後」というのも抽象かもしれないが「わたしの午後があるだけ。」の「ある」は抽象をおさえつけ具体にかえる概念である。

 もうひとつ。
 この詩にことばの運動としての問題点があるとすれば、一連目の「夜」が二連目で「昼下がり」に簡単に転換してしまうことである。しかも、その「昼下がり」が「午後」として定着してしまう。「それ」「その」は指示詞であるかぎりにおいて、ある方向性をもつと同時に、ある「定着」を求めてくる。
 「それ」「その」という散文の運動を促すことばが、詩を窮屈にしたのだ。



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