高橋睦郎『深きより』(15)(思潮社、2020年10月31日発行)
「十五 なべて泡沫」は「藤原定家」。
高橋のことば(詩)は、男を描いたときの方が生き生きしている。「十四 もう一つの修羅」では男(西行法師)は抽象としての男(武者)と向き合っていたが、この詩では藤原定家は後鳥羽院という具体的な存在と向き合っている。そのことが、ことばにより力がこもっている。
この身はただただ あの方を驚かさむがためにのみ 歌に苦しんできた
その君を亡くしては 歌をつくる理由も 生きる気力も なべて泡沫
最後の二行に書かれていることは「常套句」にもみえる。しかし、「常套句」ではない。「この身」は具体的な「肉体」である。「生きる気力」は「精神の力」というよりも「肉体」の力。「歌に苦しんできた」のは「肉体」そのものである。
最初から詩を読み直すと、そのことがわかる。「この身」ということばは、この詩には三回書かれている。
あの方によつて わが歌ははじめて殿上に いや 天井に召された
しかし間違へまい 召されたのは歌であつて この身ならず
「間違へまい」と自分自身に言い聞かせているが、定家自身はむしろ「間違えたい」。いや、すりかえてしまいたい。それは「間違えてもらいたい」でもある。
「歌」が「生きている」のではなく、「肉体」が「生きている」。
この身より十八歳少く 眼するどく力みなぎる 一天万乗の君
御簾ごもるあの方の前 朗詠されるわが歌に 耳聳てながら
暑さ寒さに疲労困憊して 蹲るほかないこの身に ちらと一瞥
「肉体」は「眼(一瞥)」「耳」と言い直されている。そして、この「眼」「耳」をつかって最初に引用した行「この身はただただ あの方を驚かさむがためにのみ 歌に苦しんできた」をを読み直せば、
この「歌」はただただ あの方「の眼と耳」を驚かさむがためにのみ 苦しんできた
のである。つまり、「この身体を見て」「この身体の中に隠されている声を聞いて」と訴え、もだえているのが「歌(ことば)」なのである。
精神(ことば)が交わるのではなく、「肉体」が交わることを求めている。
だからこそ、
新たに敵とされたのは あらうことか 疎まれつづけてきたこの身
「身分」でも「歌」でもなく、定家は「肉体」が「疎まれつづけてきた」と感じているのだ。
「目(眼)が驚く」「耳が驚く」。最初は「肉体」が反応する。それを隠すために「こば」がある。それを記憶するために「ことば」があるといういい方もできるが、ほんとうの驚きは「ことば」がなくても忘れることはない。ことばを忘れてしまうのが「驚き」でもある。「ことばが出ない、声が出ない」のが本当の驚きである。
「この身の苦しみ」を書くときの高橋のことばは強い。
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