高橋睦郎『深きより』(18)(思潮社、2020年10月31日発行)
「十八 たとへば篠笛」は「式子内親王」。
まづは神なる夫の思ひを心耳に聞き 言の葉に書き止め
つぎには妻なる人の思ひを聲にして 神前の闇に呼びかける
いつしかこの身はおのづから男うたになり 女うたになつていつた
「男になる」「女になる」ではなく「男うた」「女うた」になる。それは「ことば」である。しかし、この「ことば」は、もう一度、変身する。いや、さらにもう一度。またもう一度。
歌を詠むわたくしは 詠むごとにわたくしを脱いで透きとほり
つひに残つたのは歌のうつは たとへていふなら一管の篠笛
吹き込まれる息もわたくしならず 宙宇にただよふ霊の息
「うた」は「歌のうつは」に、そして「一管の篠笛」に。そのとき「うた」は「篠笛」のための「息」になり、「息」になった瞬間「わたくし」は「霊」になる。
それは、どれも仮の名前に過ぎない。
そこには「歌う」という動詞だけがあり、「動詞」はそのときそのときに応じて「名詞(主語)」を引き寄せる、あるいは誕生させる。「この身」は同時に「うつわ」にすぎないが、「うつわ」は「この身」を永遠の「遊び」へと招いている。「遊び」のなかに「宙宇/宇宙」がある。
この「遊び」としての「宙宇」を高橋は「エクスタシー(わたくしという境を超え出た存在)」と呼び、まだ「自由」と呼んでいる。
わたくしを出た歌はわが名をまとひつつ 名からいよよ自由に
男・女の境を超えて生きつづけよう 百とせ・千とせののちを
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