エフゲニー・ルーマン監督「声優夫婦の甘くない生活」(★★+★)(2020年12月18日、KBCシネマ2)
監督 エフゲニー・ルーマン 出演 ウラジミール・フリードマン、マリア・ベルキン、アレキサンダー・センドロビッチ
ソ連からイスラエルへ「移民」してきた(?)声優夫婦を描いている。知らない俳優ばかりなので、ちょっと知らない世界を覗き見している感じになる。
映画のなかで「声」をテーマにするのはむずかしいし、初めて見る役者なので「声」に聞き覚えがないから、その「つかいわけ」にもついていくのがむずかしい。★2個は、映画の「でき」というよりも、見ている私の「限界」をあらわしたもの。イスラエルに住んでいる人なら、もっと★がつくだろうと思う。
声優だから「声」を演じる。「声」を演じながら、実は「人間(人生)」そのものを演じる瞬間があり、また演じた人生によって役者が虚構から仕返しを食う、ということもあるだろう。つまり、自分が求めているものを発見する、ということが。★を1個追加しているのは、その部分が、静かに描かれていて、味わい深いからである。
妻の方は、「声優体験」を生かしてテレフォンセックスの若い女性を演じる。そこに吃音の男から電話がかかってくる。興奮すると、どうしても吃音になってしまう。それをセックスというよりも日常会話で癒していく。それが男の好奇心を誘う。妻の方も、嘘(演技)のはずなのに、そこに日常が入り込んでしまう。「すきま風」の吹いている夫との関係とは違う「温かさ」を感じてしまう。男も女も、求めているのは「セックス」よりも「日常のこころの通い合い」なのである。そして、それこそが「セックス」なのだ。肉体がふれあわなくてもこころが触れる。そして、この「こころ」を「声」が代弁する。しかも、それは「代弁」のはず、「日常からはなれた虚構」のはずなのに、それこそ「虚構」からのしっぺ返しのようにして、ふたりを揺さぶってしまう。
アメリカ映画なら(あるいはフランス映画なら)、ここから「新しい人生」がはじまるのだが、すでにソ連を捨ててイスラエルへ来た、「新しい人生」を踏み出している人間には、そこからもういちど「新しい人生」へ突き進んでいくというのは、なかなかむずかしい。アメリカ映画のようにも、フランス映画のようにもならない。
この踏みとどまり方は、なかなかおもしろい。「列島改造」という角栄のやった「それまでの在庫総ざらえ決算」が一度しかできないのとおなじである。それを、イスラエルに「移民」としてやってきた人間が、肉体として受け入れていく。この問題を追及していけば、それはそれでまた第一級の映画になるが、あまり踏み込まず、さらりと描いているのは、それを「哲学」にしてしまうのは、とてもむずかしいということなのだろう。
これは、夫が妻の仕事を秘密を知るシーンに、間接的に、とても巧みに描かれている。夫は、「魔がさした」かのようにテレホンセックスのダイヤルをまわす。そこに妻が出てくる。それは「演じられた娼婦」なのだが、その「声」を夫は覚えている。夫が妻の声を初めて聞いた、そしてその声に恋をしたのが「娼婦役」の「声」だったのだ。役者(声優)として成功するとき、すでに妻は(たぶん夫も)自分を「大改造」している。そのときの「痕跡」を夫はしっかりと見てしまうのである。
もう、そこからは「大改造」はできない。「大改造」が引き起こしたものを、しっかりと踏みしめて生きていくしかない。残りの資産はないのだ。つまり、ふたりで、いままでの「声」をぜんぶたたきこわして、「新しい声」を生きていくというようなことは、よほどのことがないかぎりできないのだ。この問題を「さらり」と描いて、「哲学」をおしつけていないところが、この映画の見どころかもしれない。
しかし、再び書くが、これは「耳になじんでいない役者」の「声」で聞いても、私の「肉体」にはしっかりとは響いてこない。私の耳は、どちらかといえば鈍感の部類なので、「これはまいったぞ」と思いながら見るしかなかった。
随所に、隠し味として「映画」が出てくるが、さりげなく「声」についての「哲学」を語っているのも泣かせる。夫は、かつてダスティン・ホフマンの声を吹き替えたことがある。「クレイマー・クレイマー」の声である。夫はダスティン・ホフマンは小さいが(夫は、大男である)、声には芯があり、強い。その声を「自分の声」を獲得するのに苦労したというようなことを言うのである。なかなか、おもしろい。
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声優だから「声」を演じる。「声」を演じながら、実は「人間(人生)」そのものを演じる瞬間があり、また演じた人生によって役者が虚構から仕返しを食う、ということもあるだろう。つまり、自分が求めているものを発見する、ということが。★を1個追加しているのは、その部分が、静かに描かれていて、味わい深いからである。
妻の方は、「声優体験」を生かしてテレフォンセックスの若い女性を演じる。そこに吃音の男から電話がかかってくる。興奮すると、どうしても吃音になってしまう。それをセックスというよりも日常会話で癒していく。それが男の好奇心を誘う。妻の方も、嘘(演技)のはずなのに、そこに日常が入り込んでしまう。「すきま風」の吹いている夫との関係とは違う「温かさ」を感じてしまう。男も女も、求めているのは「セックス」よりも「日常のこころの通い合い」なのである。そして、それこそが「セックス」なのだ。肉体がふれあわなくてもこころが触れる。そして、この「こころ」を「声」が代弁する。しかも、それは「代弁」のはず、「日常からはなれた虚構」のはずなのに、それこそ「虚構」からのしっぺ返しのようにして、ふたりを揺さぶってしまう。
アメリカ映画なら(あるいはフランス映画なら)、ここから「新しい人生」がはじまるのだが、すでにソ連を捨ててイスラエルへ来た、「新しい人生」を踏み出している人間には、そこからもういちど「新しい人生」へ突き進んでいくというのは、なかなかむずかしい。アメリカ映画のようにも、フランス映画のようにもならない。
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これは、夫が妻の仕事を秘密を知るシーンに、間接的に、とても巧みに描かれている。夫は、「魔がさした」かのようにテレホンセックスのダイヤルをまわす。そこに妻が出てくる。それは「演じられた娼婦」なのだが、その「声」を夫は覚えている。夫が妻の声を初めて聞いた、そしてその声に恋をしたのが「娼婦役」の「声」だったのだ。役者(声優)として成功するとき、すでに妻は(たぶん夫も)自分を「大改造」している。そのときの「痕跡」を夫はしっかりと見てしまうのである。
もう、そこからは「大改造」はできない。「大改造」が引き起こしたものを、しっかりと踏みしめて生きていくしかない。残りの資産はないのだ。つまり、ふたりで、いままでの「声」をぜんぶたたきこわして、「新しい声」を生きていくというようなことは、よほどのことがないかぎりできないのだ。この問題を「さらり」と描いて、「哲学」をおしつけていないところが、この映画の見どころかもしれない。
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