細田傳造「いやいやながら浮かばされて」(「ウルトラ・バルズ」35、2021年05月01日発行)
細田傳造「いやいやながら浮かばされて」は、十五歳で老いて、黄金をためこんだために「睾丸を腐らせ」二十歳で死んだ人間が、墓に入っていたのだが、
壱百五十五年経った或る雨上がりの朝
攪拌されて 発酵されて
気化されて 蒸留されて
いやいやながら
娑婆の川靄にうかばされた
ヒト型に戻されて
男女両性具のついた幽体になった
ときの詩。「攪拌されて 発酵されて/気化されて 蒸留されて」はウィスキーか何かをつくるみたいだなあ。ウィスキー(スコッチ)の原料の麦は、そのときどう思ったのかなあ。ここに書かれているのは麦ではなく「人間」のようだから、「気化されて」には「帰化されて」も含まれているかもしれない。たとえば日本人社会のなかで「攪拌され」(揉みくちゃにされ)「発酵されて」(いろいろな感情が肉体のなかで蠢いて)「気化されて」(都合のいい感情だけ選別されて)「蒸留されて」(さらに純粋化?されて)、そのあとで「娑婆」(社会)に「ヒト」として受け入れられて、という「経緯」が凝縮しているようだ。「ヒト型に戻されて」の「戻す」という動詞が、そういう不気味な「強制力」を感じさせる。「いやいやながら」は「ヒト型に戻されて」につながるのだろう。
さて、それから(これから)、どうやって生きるか。
細田は二つのことを書いている。
瞬間移動ができるので
あっちこっち動き回っている
おとといはキーウエスト ヘミングウェイの家
きのうはニューヨーク 休館中のメトロポリタン美術館で
ヴァン・ゴッホ展を見た
いろいろな体験が、いろいろな人との出会いを可能にする。不可能はない。それは、細田はヘミングウェイにもゴッホにも感情移入できるというか、共感することができる。それがたとえ「休館中(ふつうのひとには閉ざされている)」ものであっても、細田には「開かれたもの」として迫ってくる。相手が、「攪拌されて 発酵されて/気化されて 蒸留されて」たどりついた世界の、その「過程」が実感として共感できるということだろう。
しかしね、一方で、細田はこう言うのだ。
けさは札幌にいる
時計台の針が十時半を指したら
犬を連れた奥さんになって
公園の大通りを散歩してみるけれど
いかなる男の熱い視線も
スカートの中に吹いている
劫の風を
みることはできない
「みることはできない」は「見せない」のか、「見せたとしても見えない」のか。つまり、拒否なのか、拒否していないけれど自分と違う生き方をしてきた人間には見えないという意味なのか。意味としては、拒否よりも、見えない(不可能)の宣言の方がはるかに強い。
細田のことばは、私には、いつも何か「こわい」ものを含んでいる。
ことばが「概念」(意味)にならずに、「もの」の不透明さをもって、そこに存在している感じ。「意味」をはねつけて、「自己流」(細田流/本音よりももっとなまなましい何か)に生きていて、その「なまなましさ」のなかに不透明な「共通感覚」があるところがおもしろい。引用では中途半端に省略してしまったが「金は睾丸を腐らせる(根性を腐らせる/性根を腐らせる(だめにする)」とかね。
男は「おばさん詩(私がおばさんパレードと読んでいる一群の詩)」に対抗できることばを書くのがむずかしいが(谷川俊太郎さえ、できている感じはしない)、細田の詩は「おじさん詩」ではなく「おばさん詩」に通じるものがある。きょうここで指摘した「ふたつ(だれのこころとも共感できるということと、おまえなんかには私はわからない)」を平然と抱え込んで生きている。
「おばさんパレード」を書くとき、細田の詩もいっしょに感想を書き並べたいと思う。
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